大阪空港からほど近い国道176号線沿いにある、ダメージ感たっぷりなアンティーク材を外壁に使った「BAR FUN2(バー・ファンファン)」。アーリーアメリカンなムード漂うこのお店のオーナー・松原正人氏にとって、人生を左右する出会いのひとつが、山下達郎の音楽だった。
「達郎さんは、私にとっての音楽人生のはじまりです。参加したレコードはもちろん、達郎さんに影響を与えた音楽と聞けば、すぐにその音源を探しました。なかでも達郎さんが毎週やっているFM番組『サンデーソングブック』(かつては『サウンドストリート』)は、教科書みたいな存在。ただ、そこで紹介された音源は手に入らないものが多く、中古レコードのオークションなどで集めました。わざわざ東京まで取りに行ったこともありますよ(笑)」
映像関係の仕事に30年ほど携わった氏がバーを開こうと思ったきっかけは、自宅のリビングルームで集めたレコードを聴いていたときだった。「こんな素晴らしいものを自分だけで楽しむのはもったいない」。もともとバー好きだったことに加え、自分のレコードを気の合う仲間と共有したいという気持ちが重なり、バーを開店したいと思っていたころ、それを後押しするように現れたのが、ずっと憧れていたスピーカー「4344」だった。
「スタートがシステムオーディオ全盛だったこともあり、セパレートのアンプとスピーカーに憧れていました。よく大阪・日本橋にカタログを集めに行ったものです。なかでも、達郎さんや大滝詠一さんが聴いていたJBLへの想いは強かったですね」
スタジオモニターシリーズのコンパクトスピーカー「4310H」、ミッドフィールドモニター「4307」など、次々とJBLのスピーカーを手に入れた松原氏。しかし、とあるビデオ編集ルームで聴いた「4333」のサウンドをきっかけに、かねてから憧れていたフラッグシップモデル「4344」への想いが募っていった。
「大滝詠一さんのアルバム『ナイアガラムーン』30周年記念盤の裏ジャケットに、自宅で寝転ぶ大滝さんの後ろに4344が並んでいるんです。その影響も大きいですね」
出会いは突然やってきた。大阪に完璧な状態の4344(1984モデル27000番台)があるという。自分で引き取りに行ける距離だし、バーをやろうと思った矢先のこれ以上ないタイミング。まさに背中を押されるような出会いだった。そして、そこから物件探しが始まった。「第一に4344ありきでした(笑)。いかに4344を心地よく鳴らせる空間になるかを大切にしました」
松原氏が求めた理想のサウンド。それは山下達郎や大滝詠一に多大な影響を与えたプロデューサーのフィル・スペクターがつくり出した"ウォール・オブ・サウンド"だった。「楽器の音を重ねることで、個々の楽器のカドがとれて分厚くて迫力のあるサウンドになる。それが、フィル・スペクターさんのウォール・オブ・サウンドと解釈しています。私が店に求めたのは、そんなウォール・オブ・サウンドを体感できる空間です」
それを実現するため、氏がやるべきことは多岐に渡った。スピーカーをどこに置くのか。4344の重さに耐えるスピーカー台はどうするか。音の壁に仕上げるにはどんな壁にしたらいいのか……。「スピーカー台はブロックで土台をつくり、そのうえにウッドを使いました。ツイーターの高さを耳の高さに合わせるというセオリーがありますが、大滝詠一さんが4344と映っているジャケットを見ると、耳の高さにウーファーがある。セオリーではなく、自分が心地よく聴ければいいんだと考え、ウチではスコーカーに合わせた高さにしています」
そんな試行錯誤の末、BAR FUN2は2017年7月1日にオープンを迎える。4344は松原氏厳選のシングルモルトウイスキーが並ぶ棚の両サイドに鎮座していた。そこから奏でられるサウンドは、柔らかさを持ちながら臨場感あふれるもの。艷やかで柔らかいボーカルの声。ドラムのシンバルはきつくなく響き、ベースの低音とバスドラムがトータルサウンドを引き締める。インパクト重視のドンシャリ系とは対局をなす、原音を忠実に再現したサウンド。耳だけでなく、体に音が染み込んでいくようだ。そう、これが松原氏の求めたウォール・オブ・サウンドなのだ。「店をはじめて3ヵ月ですが、4344の音は日々変わってきています。手に入れたときはエッジを張り替えたばかりだったので、鳴らしていくうちに落ち着いてきたんでしょうね。アッテネーターを2回調整したくらいで、基本的には何もイジっていません。これからサウンドがどのように変わっていくのか、とても楽しみです」
松原氏は約20年前から、山下達郎ファンのためのSNSに参加している。そのネットワークは全国規模で、わざわざBAR FUN2に来るために地方から泊りがけで来る方もいるという。
「空港や駅も近いし、なにより店の上がビジネスホテルになっていることもあって、ネットで知り合った全国の達郎ファンのみなさんが訪れてくれるのはウレシイですね」
自分の好きな音楽を一緒に聴きながら、お酒を楽しめる場所。耳の肥えた客からの反応は?
「聴き込んだアルバムなのに、これまで聴こえなかった音が聴こえると言われるのは嬉しいですね。たとえば山下達郎さんの『JOY』というライブアルバムがあるんですが、本当にライブ会場にいるような気になれるんです。以前はスタジオ録音がいいと思っていましたが、この店で聴くようになって、ライブ盤が好きになりました。達郎さんが大阪・フェスティバルホールの音を"天井から音が降る"と表現していますが、いつかはそんな音をこの店で再現できたらと思っています」
BAR FUN2には、20〜30歳代のお客さんも多い。そんな方たちからの感想はどうなのだろうか?
「これまでヘッドホンばかりで、スピーカーでしっかり聴いたことがなかったという人が多いんです。体で音を感じられるのが心地よいといってくれます。そういう若い世代にも、魅力を伝えていければいいですね。もちろん山下達郎や大滝詠一以外のリクエストもかけますし、音源を持ち込んでいただいてもかまいません。世代を超えて共感したいですから」
最後に、BAR FUN2という店名の由来は?
「ビーチボーイズに『FUN FUN FUN』という曲があって、大滝詠一さんには『FUN×4』という曲があるんです。それ以上多くなるのはおこがましいので、『FUN2(ファンファン)』にしました(笑)。これからは、もっとみなさんで音楽を楽しめるスペースにしていきたいですね」