北千住駅近くの路地にある、お洒落なイタリアン・レストランのような外観の「Birdland」。ベースマンでもあったマスターの森川久生氏は、同店を1990年に金町でオープン(創業時は「花紀行」)。1992年に千住に移転した。シングルモルトスコッチやバーボンなどを中心に、お酒のラインナップは200種類以上で、自家製燻製盛りやローストビーフなど、手作りのフードも人気。この店を訪れるのは、インテリジェンスに溢れる「大人」だ。
「ジャズや酒はもちろん、映画好き、本好き、音楽好きな個性豊かなタイプの人が多いですね。そんな人たちが楽しめるような空間づくりをしています。40代以上の方がほとんどですが、最近は若い人もよく来てくれますよ。なるべくカウンターに座っていただいて、コミュニケーションして欲しいと思っているので、5名以上の団体でのお客さまはお断りしています」
ジャズバーは「ジャズの現在」を発信する場所でもあると語る森川氏の言葉通り、週に一度はライブを開催する同店。ライブに出演する石井彰氏や今泉正明氏、岡安芳朋氏などの錚々たるジャズメンたちの中には学生時代からの常連も少なくない。
「20歳そこそこの頃に、ずっとここで聴いていた連中が巣立っていって、今はプロになっています。リアルなジャズがどうなっているか、これからどうなるのかを提示するのがライブです。ジャズバーは、ノスタルジーだけじゃダメ。ジャズの現在の状況を捉え、新たに発信していく使命があると思っています」
「Birdland」のスピーカーシステムは、20年以上使用しているという「4312MkⅡ」。自分が持っているジャズのイメージにピッタリのサウンドを聴かせてくれるスピーカーだという。
「自分がベースマンだったので、中低音から中高音の部分が一番聴きたいんですよね。ベースとピアノの真ん中の音、そしてスネアの音。「4312MkⅡ」は、そこらへんの音を聴くのにすごくいいですね」
20cmのシングルコーン型フルレンジユニット「LE8T」でスピーカーシステムを自作したのが、JBLとの出会いだった。当時、友人達にその高音質を絶賛され、それ以来、JBLのスピーカーシステムに憧れを抱き続けてきた。「4312MkⅡ」を店舗にセッティングした当初は、「ワンワン響くような感じがして、ちゃんと鳴らなかった」が、7年~8年ほど経った頃、「なぜか急に鳴り始めた」と森川氏は笑顔を見せる。
「コーン紙の乾き具合とか、壁にいろいろ装飾物をかけたからとか、いろいろな要素があったのかもしれません(笑)。今の店舗では、このスピーカーがベストですね。レンジも広いし、ジャズにとって必要な部分がちゃんと出る。とてもいいスピーカーだと思います」
物心付くころから、家にあったSP盤でジャズに親しんでいたという森川氏。ロックバンドやフォークバンドも経験したが、再びジャズの魅力に引き寄せられ大学時代はジャズ研究会に所属、モダンジャズを中心に演奏した。店舗には、1940年代後半から1990年代初頭の曲を中心に、レコード約4000枚、CD約1200枚が揃えられている。デジタルのCDはトランジスタのデジタルアンプで、アナログ録音のレコードは、アナログの真空管のアンプでかけるのも、森川氏ならではのこだわりだ。
「ジャズは、エポックメイキングな音楽。そしてジャズメンは、時代の提唱者です。マイルス・デイビスやチャールズ・ミンガスなどが提示した曲やスタイルなどが、時代を動かしてきたんです」
時代は流れたが、ジャズの持つパワーは変わらないと、森川氏は語る。
「今、底辺は広がっているのかもしれませんが、ドップリとジャズにハマっている人は以前より多くないのかもしれません。この店で、ジャズの魅力を感じられる空間・時間を共有して欲しいですね。以前は、ジャズがすべてを引っ掻き回して、新たなムーブメントを牽引していた。もちろん今も、そのパワーは変わっていないと思っています」
「Birdland」に足を運べば、ジャズの現在と、その大いなるパワーに触れることができるだろう。