大阪・西心斎橋にある通称「アメリカ村」は、クレープやたこ焼きなどの出店とアパレルショップがところ狭しと建ち並び、昼間は若者やインバウンドな外国人観光客で賑わいを見せる場所。しかし、夕方ともなると会社帰りのビジネスマンたちが暖簾をくぐる居酒屋やバーなどの明かりが灯りはじめる。
まさにいろいろなタイプの人たちが渦巻くエリアの雑居ビルに「Bar菩南座」はある。扉の前に立つと、"イナタい"ブルースが響いてきた。ドアを開けると、四畳半ほどのスペースにカウンターとテーブルが並んでいる。カウンター越しで迎えてくれたのが、オーナーの沼 幸広氏だ。
京都でオーセンティックなバーをやっていたという沼氏は、戦前のブルースやジャズを中心にした店を開きたいと2012年4月に「Bar菩南座」をオープンした。大阪では名前の知られるバーであり、なにより店の佇まいからして、もっと古い歴史を持っているのかと勝手に想像していた。
沼氏と音楽の出会いは、京都で大学に通っていたころに遡る。
「学祭に招かれていた憂歌団の木村充揮さんに衝撃を受けたんですわ。それまでブルースはさほど聴いたことがなかったんですが、聴いた途端に夢中になったんです。そこから憂歌団のアルバムを買い漁り、ライブにもいろいろ行かせてもらいました。有山じゅんじさんを聴くようになったのは、それからちょっとしてから。アコースティックギターでブルースやラグタイムをやってはりました。こんな感じのブルースもあるんやと。そこからです。有山さんのおっかけをするなかで戦前のブルースにハマっていったのは」
有山じゅんじさんといえば、「上田正樹とサウス・トゥ・サウス」のメンバーとして知られる関西を代表するギタリスト。R&Bやソウルで知られるバンドだが、有山さんは戦前カントリーブルースやラグタイム風のアコースティックギターの名手として知られる、関西のブルースシーンを代表する人物である。
そんな有山さんを追いかけて、全国のライブハウスを巡ったという沼氏。そのなかで出会ったのが、神奈川にある「菩南座」だった。
「うちとさほど変わらないくらいの広さの店です。今は80歳くらいのロック好きな変わり者のマスターがやっている店で、音楽好きの巣窟って感じでした。そんな雰囲気が好きで京都から通っていくなかで、店の名前を譲ってくれるということなったんです」
そうやって生まれたのが、「Bar菩南座」なのだ。
SPレコードは店内に50枚ほど置かれている。蓄音機かポータブルプレイヤーで鳴らす「SPナイト」は、月2回開催されている。
「基本的にアナログレコードしかかけませんね。戦前ブルースやジャズが中心ですから、ほとんどがモノラル。やっぱりアナログになりますよね。アナログならではの暖かみのあるサウンドが好きなんです」
カウンターの左側には、アナログレコードがズラリと並ぶ。ベッシー・スミスやマー・レイニー、アイダ・コックスといったアーティストたちをはじめ、戦前に録音されたブルースやジャズのレコードたちだ。なかでも沼氏は、1920〜30年代の女性ボーカルが好きだという。その音源たちに息吹を与えるのが、DENONのレコードプレイヤーとTriodeの真空管アンプ、そしてJBLの4312Bだ。4312Bは、四畳半の店内で、カウンターと対峙する壁の両サイドに配置されている。
「4312Bは開店するときに、神奈川の菩南座のオーナーから贈ってもらったものです。コンパクトなサイズですが、とにかく臨場感のあるサウンドにイチコロでした。小さい音量でもしっかりと鳴ってくれるのもイイですね。戦前に録音されたブルースやジャズとのマッチングもよくて、ボーカルがそばで歌っているような感じがするんです」
ベッシー・スミスのアルバムをかけていただいた。78回転のSPレコードがベースのLPから流れるサウンドは、沼氏いわく「ラジオから聞こえるような声」が、耳元で心地よく響いてくる。
「当初はかなり大きな音でかけていたんですが、有山さんがお店に来られた時に、『ボリュームを抑えてもちゃんと聞こえるよ』とおっしゃられたんです。確かにモノラルの戦前ブルースを聴くには、あえて音を絞ったほうが心地よいのがわかりました」
音源のレンジは広くないはずだが、表情豊かなサウンドがカラダに染み込むのがわかる。戦前のサウンドをこよなく愛するマスターがつくり出すサウンドを求めて、週に1度は必ずやってくる常連客もいるというのもうなずける。
「Bar菩南座」では月に2回、SPレコードをかける「SPナイト」を開催している。店内に50枚ほどある掘り出し物のSPレコードたちを、SPレコードプレイヤーを使い、4312Bで再生する。この特別な夜には、SPレコード好きが集まってくるとのことだ。
「戦前ブルースは、SPレコードがオリジナル。新たな音源を探すのは大変ですが、楽しみながらやっています。なかにはSPレコードを初めて聴く方もいて、音色に感動されますね。いろいろな情報を交換し合えるのも楽しみです」
もうひとつ。こちらのバーの名物が、生ライブである。四畳半という広さに、関西のミュージシャンがこぞって参加することで知られている。
「本当に狭いところなんですが、多くのミュージシャンの方がいらっしゃいます。ジャズピアニストでジャズ理論研究家として知られる柴田コウメイさんがウェブを見て来てくださって、この店を気に入ってミュージシャンの方たちに声をかけてくださったのがはじまりです」
"間近の恐怖の四畳半ライブ"と銘打たれたライブは、週に4〜5本というハイペースで行なわれている。情報を発信するFacebookとtwitterには、名だたるミュージシャンが名前を連ねている。この生ライブをきっかけに、常連になったという人も多いとのことだ。
「音楽を聴くならば、アナログレコードか、ライブが一番いいと思っています。そんなバーがあってもいいでしょ?」