東京、新宿二丁目。ロケーションといい、入り口の面構えといい、「ディープ」以外にこのロックバーを表す言葉が見つからない。何より扉を開けて一歩足を踏み入れると、店自体が放つオーラに圧倒される。それは、これからはじまる特別な時間を期待させる魔力のようでもある。
「VELVET OVERHIGH’M d.m.x」。オープンさせたのは、初期のキャロルやダウン・タウン・ブギウギ・バンドのドラマーとして活躍したレジェンドで、残念ながら2020年4月に逝去された相原誠さんだ。
人を惹きつけてやまない店には物語がある。まずは膨大なレコードコレクションを背にするロックンローラー兼店長のケンちゃんこと能登谷健二さんに、この店との出会いを伺った。
「以前からボス(相原さん)とは音楽的な繋がりがあって、店ができて1年後に手伝いはじめてもう30年経ちますね。本当に面白くて魅力のある人で、いろんなことを教わりました。後にボスのバンドに加わりましたが、ミュージシャンとしてはもちろん一人の人間としてとても尊敬しています」
きっと、多くのお客様が相原さんの個性に引き寄せられてきたのだろう。今は、店を任されている能登谷さんの人柄がそれを引き継いでいる。ロックを聴きながら酒を酌み交わす、心地よい隠れ家のような雰囲気がストレートに伝わってくる。
「流すのは70年代のロックを中心に、ソウル、ジャズ、歌謡曲、なんでもありですね。ドゥービー・ブラザーズも、西城秀樹もありです(笑。リクエストに応えられるレコードが棚にあれば、ジャンルを問わずどんどん流しちゃいます。その日の終わり、お客さんが気持ちよくなってくれればうれしいじゃないですか。曲は、その日の気分やお客さんに合わせて選んでますね。レコードは一応アナログレコードにこだわって、5,000枚〜6,000枚ぐらいあるかな」
いきなりオールマン・ブラザード・バンドのレア曲をリクエストしてみると、いとも簡単に棚から引き抜いて50年前のサザンロックサウンドを響かせてくれた。
「レコードはたくさんあるけど、どこに何のレコードがあるか把握してないとロックバーはやれないでしょ。指定したレコードのB面の3曲目、なんてリクエストもあったりします。好きな曲を通じて、お客さんと話が弾むこともよくありますよ」
ディープでありながら敷居が高くない、心から楽しめる場所。そんな30年を超えるd.m.x.の歴史のほとんどを、JBLのスピーカーはは見守ってきたそうだ。
「この店で働き始めた当初は別のスピーカーがあったんですが、いまいち音がよくなかったんです。それで、ボスの仲間のバンドメンバーが持っていたスピーカーユニットをそのまま譲り受けました。その後は何の問題もなく使ってましたが、相性のよかったTOAのアンプが故障した時は困りました。他のアンプを試しても、何かが違うぞと。絶版品だけにかなり苦労しましたが、お客さんが探してくれたTOAの中古品をセットして以前の音が戻った時はみんなで安心したのを覚えています」
使用しているスピーカーは、JBLスタジオモニターのキャビネットに「ホーン型ツイーター075」と「ワイドレンジスピーカーユニットD130」という、やはりJBLのユニットを搭載した能登谷さんお気に入りの逸品。まさに大音量で聴かせるロックバーには、うってつけのスピーカーである。ちなみにミュージシャンでもある能登谷さんに店で聴く”いい音”とは?と尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「レコード、スピーカー、アンプ、店全体が一体になって”箱鳴り”している感じの音かな。オーディオマニアじゃないから詳しいことはわからないけど、目の前で演奏しているかのようなJBLの音が核となって、ウチは割といい音を出してると思いますよ。音楽に大切な空気感をも表現してくれるみたいで、その日によって感じ方も微妙に違うし。毎日聞いてますが、この音が大好きですね」
箱鳴り。ライブハウスなどの施設を箱と呼ぶが、店をそうしたスペースにたとえて説明するのもミュージシャンならではの表現だ。
「JBLは、いろんなジャンルの曲のよさを引き出してくれる懐の深さがありますね。もう店にはなくてはならないもので、お客さんも8割方はこの音が好きで集まってると思いますよ。ずっとあの位置で箱鳴りを支えるこのスピーカーは、ほぼ店と一緒に歴史を刻んできたし、他のJBLと比べたこともないし、これからも壊れたら修理をして使い続けます。今までも、これからも、d.m.x.サウンドを支えるのはJBLサウンドなんです」
入り口をはいってすぐと、長いカウンターの奥の2台。恐らくそこしかスペースがなかったであろう床に、JBLは無造作に置かれている。でも、そんな細かいことはどうでもいいと思えてくる。決してベストとはいえない配置を、スピーカーのあまりあるポテンシャルが補っているのだ。
「スペックには表れないこの音の素晴らしさを実感して、今までの常識やオーディオ観はなんだったんだろう。自分も、スピーカーをこんな配置にしてみようかと言っていたマニアのお客さんもいましたよ」
これから歴史ある店を実質的に回していく能登谷さんにとって、音楽とは、JBLとはどんな存在なのだろうか。
「音楽も、JBLも、d.m.x.も、常にそこにあるもの。僕の人生において、なくなるとかなりヤバいものです。お客さんと一緒に音楽のある時間を共有しながら、今後もこのままのスタイルで続けていければ最高じゃないですか。変わらないことが一番うれしいですね」
音楽は自分の人生そのものと語りながらも、スピーカーはこうではなくてはならないという強いこだわりはなく、あくまでお客様とともに過ごす気持ちのいい時間を支える装置というのが本音のようだ。
「このJBLのユニットを違う場所に持っていっても、絶対同じ箱鳴りはしないと思います。この立地、この店の作り、たくさんのお客さんに愛されてきたこの店の空気がないとだめなんです。変わらないというより、変えちゃいけないことですね」
音楽の街・新宿のロックバーの世界で、押しも押されぬ存在感を示すd.m.x.。今後も前オーナーの個性を受け継ぎ、能登谷さんのカラーを漂わせながら多くのファンの支持を集めていくことだろう。