高田馬場駅から徒歩約4分。駅前の大通りを歩き、雑居ビルの階段を地下に降りると、重厚なステンレスの扉が目に飛び込んでくる。目線の高さには丸い窓。潜水艦を思わせるエントランスだ。
この分厚い扉には理由がある。JBLのPAスピーカーが放つ、大音量を外に漏らさないためだ。
「ジャズと言えばJBL。神話みたいなモンですよね。だからスピーカーはずっとJBLです。スピーカーボックスの"4560"は、1975年の創業当時から現役ですよ」
そう朗らかに話すのは「JAZZ SPOT intro(ジャズスポット・イントロ)」のマスター、茂串邦明氏だ。こぢんまりとしたジャズバーでPAスピーカーを使用しているだけでも驚きだが、それにまつわるエピソードも超ド級だ。
「最初はコーン紙に"2220B"を使っていたんだけど、夜中にディスコパーティをやってたら破けちゃいましてね。それでも音は出てましたよ。その後に"2220A"に替えて、いまはまた16Ωの"2220B"に戻してます」
そんなことが可能なPAスピーカーの大音量もintroの魅力だが、音質に対しても茂串氏にはこだわりがある。
「ジャズは中域が分厚い音じゃないとダメっていうのが僕の考え方です。ジャズが華やいでいた頃の曲は、重低音を効かせるよりも、楽器のひとつひとつがしっかり鳴る構成で聴くべきだと思うんです。その点、JBLは能率がいいし、ストレートにドーンと出てくれる。60年代のジャズを聴くってなると、JBLになるんですよ」
そのためintroでは、中域音を重視した構成としている。ドライバーには「2440」、ホーンには「2310」を採用し、ディフューザーの「2309」で音を広げる。さらに、ツイーターの「2405」で高域音を鳴らしている。それらすべて、ネットワークも含めてJBLだ。そして、その構成を考えたのは、intro創業時からの常連客である海瀬氏だった。
「ウチにはジャズ好きのおもしろいお客さんがたくさん来るんですよ。海瀬さんもそのひとり。オーディオに関する的確なアドバイスをくれるし、メンテナンスもしてくれる。本当に助かってます。他にもいろいろと協力してくれるお客さんがいて、心地良くジャズを聴きたいっていう根幹にあるものが同じだから、みんな一緒になって楽しめるんでしょうね」
1975年の創業当時はジャズ喫茶の色合いが濃かったintroだが、現在はもうひとつの顔がある。お客さんがジャムセッションを楽しめるミュージックバーだ。
「ジャムセッションをはじめたのは1989年。大学生の常連客が『月に一回、セッションをやりませんか?』って言うんではじめたんです。それからドラムとベースとアンプを入れて、ピアノも買っちゃいましてね。最初は月に一度だったのが徐々に増えて週一になり、いまでは金曜の早い時間と月曜以外は毎日ジャムセッションをやってます」
その際に活躍するのもJBLのPAスピーカーだ。楽器は生音と演奏用に設置したアンプで鳴らし、ボーカルの歌声はJBLのPAスピーカーから流れる。なんとも贅沢な話だ。しかし、introではさらに贅沢な事態が起こることがある。
「ジャムセッションの時間は若いミュージシャンとお客さんが一緒に演奏をするんだけど、たまにプロが遊びに来ることもあるんですよ。すると盛り上がってるのが楽しいのか、プロがセッションに加わったりもするんです。プロがお金を払って遊びに来て、アマチュアと演奏をはじめちゃうんだから、めちゃくちゃですよね(笑)」
しかもintroでは、遊びに来ていた世界的に有名なジャズピアニストが飛び入りで演奏をしたこともある。introのジャムセッションで練習していたかつてのお客さんが、現在はプロとして活躍していたりもする。プロ級の生演奏を鑑賞できたり、JBLのPAスピーカーを使って歌えたり、introのジャムセッションには、本物を体感できる楽しみがあるのだ。
いまでは"ジャムセッション"が有名なintroだが、金曜日の23時までと月曜日は、ジャズの名盤に浸れるバー&カフェタイムを設けている。しかし、ただ単に耳を澄ませてジャズを鑑賞するだけではない。introでは、バータイムも存分に奥深いジャズの世界が楽しめる。
「introでは創業当時からブラインド・フォールド・テストをやってるんですよ。流すLPのラベルを隠して、サックスは誰? ピアノは誰? ドラムは誰? ってクイズを出して当てるわけ。そのテストで"神様"って呼ばれてるお客さんもいたりして、深夜まで遊んでますよ。そんなときも、スピーカーがJBLだといいんです。ストレートに音が出るからわかりやすいんですよね」
そうした嗜みを知る常連客が集うintroだが、店内は初めて訪れても自然と打ち解けられるアットホームな雰囲気に満ちている。ジャズ通も足を運ぶ老舗なのに堅苦しさもない。その居心地の良さを生み出している要因のひとつに、誰とでも分け隔てなく接する茂串氏の人柄がある。
「ジャズバーの老舗って言ったって、偉くも何ともないんですよ。必死こいてレコードを集めて、店を開いただけだから。お客さんやスタッフに恵まれて、楽しくやっていけてるんですよ。本当に幸せモンだと思いますね」
お客さん、スタッフ、そしてジャズへの感謝があるからなのだろう。茂串氏は後進を育てることにも力を入れている。ジャムセッションに若手のミュージシャンを起用し、練習と経験の場を提供しているのもジャズ界を応援したいという気持ちの表れのはずだ。でも、そんなことを正面切って訊ねたら、きっとはぐらかされ、笑い飛ばされてしまうだろう。その飾り気がなく、律儀で豪快な茂串氏の人柄も、introに足しげく通う常連客が絶えない理由のひとつと言えるだろう。
潜水艦を思わせる地下の隠れ家は、音楽に耳を傾けながらも、陽気に語らいあうジャズ好きで、今夜も大いに賑わっている。