KBJキッチンは、米倉八潮・山輝さんの兄弟が営むカフェ。兄の八潮さんが店舗デザインや企画を担当し、弟の山輝さんはオーナーシェフを務める。店舗の名前でもある“KBJ”は二人が育ち店を構えた地である国分寺から取られた。店内は青を基調としたアーバンな雰囲気。八潮さん曰く「ニューヨークのブルックリンを意識しました」とのことだ。
オススメのメニューは、黒毛和牛を使ったハンバーグ。山輝さんは以前に焼肉屋で働いていたこともあり、肉の扱いには自信があるという。
「牛脂の量を増やしたり、生パン粉を使ったりすることで、肉々しさを出したまま、箸で切れる柔らかさを実現しています。また、牛乳にアレルギーがある子どもでも安心して食べられるように、豆乳を使うなどの工夫もしていますよ」
料理のコンセプトは「家庭の味をプロクオリティで」。店を長く続けていたいので、見た目やオシャレさ、流行りなどではなく、王道の味で勝負する。
開店のきっかけは、山輝さんの独立。2年前まで、中国、マカオのカフェで働いていたそうだ。兄である八潮さんも「いつか店を持ちたい」という気持ちがあったので、人脈もある国分寺で一緒に店を開くことにした。
店作りでこだわったのが「音」だ。
「僕はヒップホップが好きで、自分もラッパーとして活動したり、イベントのオーガナイザーなどをやったりしていました。音楽を中心として仲間が生まれたので、音は切り離せない」と八潮さん。KBJキッチンでも「集まってくる人同士が仲良くなって、そこから何かが生まれると嬉しい」と語る。
そんな音へのこだわりの象徴であり、自慢の逸品が『JBL 4344』だ。1982年に発売開始。当時の定価は130万円以上にも関わらず、大ベストセラーになった製品である。なぜ、KBJキッチンはこのスピーカーを選んだのか。それは、偶然の出会いから始まった。
「僕の行きつけが、神宮前にある老舗のDJバー『bonobo(ボノボ)』。そこの店長に、店を始めようと思ったときに、スピーカーをどうすればいいか相談したんです。すると、うちの倉庫にある奴で良ければ譲るよと言ってもらえて。それが『JBL 4344』でした」
店長からは「『4344』はセッティングが難しいから、しっかりと鳴らすのは大変。もし使うなら、ちゃんとした音響設計士を紹介するよ」との温かい言葉。
「そこで紹介されたのが、八王子の老舗DJバー『SHeLTeR(シェルター)』で音響監修をしている溝口卓也さんでした。ちなみに、『シェルター』のスピーカーもJBLスピーカーの最上位モデル“エベレスト”を使っています」
最初は居抜きで店を始めるつもりだったが、『JBL 4344』と出会ったことにより、スピーカーを中心に据えた店作りが始まる。結局、スケルトン状態に戻して、一からスピーカーのセッティングや内装を始めたという。
「正直、第一印象はでかくて冷蔵庫みたい。でも、グリルを外すとブルーのバッフル(スピーカーのユニットを取り付けている板)が現れる。それとこげ茶の木枠がマッチして、めちゃくちゃ格好よくて。こんなスピーカーがある店、ヤバイでしょうと思いましたね」
言わずもがな、スピーカー好きには人口に膾炙された、JBL伝統のブルーバッフルだ。KBJキッチンをよく見回すと、店内はこのブルーが基調になった内装だとよくわかる。スタッフのユニフォームもブルー。そして、名刺は上2/3がブルーで下1/3がブラウンの長方形。これは、『JBL 4344』のデザインを模したものだ。
内装でこだわったのは雰囲気だけではない。壁をみると洒落た形のオブジェ。実はこれ、音を乱反射させて店全体に拡散させるためのパネルだ。
ほかにも、大型スピーカーをしっかりと鳴らすために精密医療機器などで使われる電源タップを新設。ケーブルにもこだわった。八潮さんの言葉を借りれば「電気は血、ケーブルは血管」だという。
内装が完成し、『JBL 4344』の音を初めて聞いたときのことは忘れられない。スピーカーで流した曲は、長渕剛の『ステイドリーム』。八潮さんが大好きな一曲だ。
「まじ、剛がここで歌っていると感じましたね。その後で聞いたボブ・マーリーも、ディティールまで再現されていて、当時の録音環境が甦っていた。再生するという言葉の意味がよく分かりました。『JBL 4344』から流れてきた音は、再び生き返っているようでした」
音の環境は兄に任せているという山輝さんも「音楽に詳しいわけではないけど、スピーカーの真ん中で人が歌っているようでした。これは凄いスピーカーを導入してしまったと思いましたね」と感想を語る。
このスピーカーからは、普段、どのような音楽が流されているのか。そう尋ねると、「オープンからクローズに向けて、どんどんと音量が大きくなっていく感じかな」と八潮さん。
「うちの店は、3回くらい顔が変わるんです。昼はカフェ。18:00くらいからはレストラン。21:00過ぎるとバーのような雰囲気。昼はおしゃべりするお客様も多いので、あまり大きな音は出しません。夜は少し大きめの音で曲を楽しんでもらう」
ジャンルは選ばない。基準は「グッドミュージック」であること。テクノを掛けるときもあれば、ハウス、ヒップホップ、レゲエなど様々だ。子連れのお客様が多いときには、ジブリアニメの曲を掛けることもあるという。お客様の世代にあった歌謡曲を掛けると、ことのほか盛り上がるそうだ。全てのお客様にいい音を楽しみながら食事をして欲しい。そんな姿勢が見てとれる。
「常連さんのなかには、家に眠っていたレコードを持って来てくれることもあります」と八潮さんは嬉しそうに語る。そんななかでも、最も良くかけるジャンルがジャズだ。八潮さんは「このスピーカーは電子音もいいけれど、それ以上に楽器を使った生音の再現度が高い。そういった意味では、ジャズの音色が本当にキレイに出ます。年輩の方は、JBLといえばジャズという印象を持った方も多いのですが、その理由がよく分かります」
実は八潮さん、このスピーカーに出会うまでは、あまりジャズを聴いたことがなかったという。
「ヒップホップに出会う前、中学時代はBOOWYが好きで、高校は洋楽のロック。アメリカのロックバンド、エクストリーム、特に、ギター担当のヌーノ・ベッテンコートにハマりました。高校の途中からヒップホップに出会ったんです」
そんな八潮さんだったが、このスピーカーに出会うことで、ジャズの良さに気づくことになる。
「音の細部まで聞こえるので、生音(楽器)の鳴りがいい曲を掛けたくなるんです。特にトランペットなどは本当にキレイに再現される。家のスピーカーではこうはいきません」
この素晴らしい音体験をより多くのお客様と共有したい。そんな思いから、KBJ KITCHENでは開店以来、土曜日の夜に欠かさずイベントを開催している。その名も「サタデーナイトグルーバー」。
「毎回、DJを招いて好きな音楽を流してもらいます。そのセレクトを楽しみながら食事をしたり、お酒を飲んだりする。ラジオDJ、音楽評論家として有名なピーター・バラカンさんにお願いしたこともありますよ。最近、受けが良かったのはジャパニーズベストヒット。宇多田ヒカルや美空ひばりといった、一流ボーカリストの声を『JBL 4344』で聴くと本当に格好いい。どんな音楽でも、本当にそこで本人が歌い、奏でているような音を再現してくれます」
スピーカー愛にあふれる人には叱られるかもしれないが、八潮さんには『JBL 4344』でやってみたいことがある。それは、「声」を使った芸の再生だ。
「例えば、夏のイベントで怪談を流してもいい。絶対に面白くなるはずです。実は、ラグビーワールドカップの試合をこのスピーカーで観戦したんです。テレビは小さいのに、スタジアムの臨場感が凄くて新しい体験でした」
音にこだわったカフェを作りたかったという八潮さんだが「正直、ここまでやるとは思っていませんでした。このスピーカーとの出会いで導いてもらった」と振り返る。
「KBJ KITCHENのコンセプトは、グッドテイスト・ナイスグルーブ&カルチャー。この場所から、なにかしらのカルチャーが生まれると嬉しい。その中心にあるのが、『JBL 4344』なんです」と八潮さん。ブルーバッフルの青を基調とした雰囲気とこだわり抜いた音空間。まさに、スピーカーとの出会いが作り上げた店だった。