大阪・心斎橋の繁華街の華やかさとは趣を変え、個性のある小ぢんまりとした飲食店が建ち並ぶ東心斎橋。その雑居ビルの4階に「Milk Bar(ミルクバー)」はある。
エレベーターを降りて店内に入ると、ズラリと壁に掲げられたレコードの数々が目に飛び込んでくる。ソウル、ラテン、ジャズ、ロック……。見たことのあるジャケットも含め、ほとんどが70年代のレコードたち。店内に置かれているレコードだけで、その数はなんと4,000枚以上。Milk Barは、そんなアナログレコードたちを極上のJBLサウンドで聴かせてくれる、松本英雄氏が店主を務めるお店だ。
「音楽を通じて共感すれば、初対面の人でも話せるし、相手のことをもっと知ることができる。ならば、音楽好きが集まって共感できる店がいい。そんな想いから、店をスタートしました」
松本氏と音楽との出会いは、中学のころに流行っていた『ベスト・ヒット・USA』と『MTV』。ミュージックビデオを見るなかで、ワムやマイケル・ジャクソン、プリンスといった当時のアーティストたちとの出会いが始まりだ。当時レコードは高くて買えなかったため、レンタルレコードからカセットにダビングする少年だった。そんな少年は、高校生になるとパンクに目覚め、バンド活動をスタート。当時はパンク以外、音楽ではないとさえ思っていたとのこと。そんな松本氏の音楽人生に一大転機を起こしたのが、80年代後半のアシッドジャズ・ムーブメントだった。
「ブラコンをかける店でバイトを始めたのがきっかけですね。ちょうどアシッドジャズが流行っていたころ。アシッドジャズにはいろんな音楽が混じっているじゃないですか? そこからジャズやファンク、ブラジル、レアグループなど、いろんな音楽に興味がわいてくる。とにかく、自分のフィルターにひっかかるレコードをひたすら集め続けました。気づいたら4,000枚を超えるレコードになっていたわけです(笑)」
"レコードバー"と銘打ったMilk Barでは、アナログレコードをかけることが前提だ。カウンター内には2台のターンテーブル(テクニクスSL-1200 MK3、パイオニアPLX-500)が置かれ、その前にいる松本氏はレコード盤をひっくり返したり、次のレコードを探すなど常に動いている。CDに慣れた方には、アナログレコードの片面が終了するまでの時間がとても短く感じられるかもしれない。そこまでアナログレコードにこだわる理由はどんなところにあるのだろうか?
「やっぱり音ですね。デジタルでは出せないアナログレコードならではの厚みとまろやかさのあるサウンドです。とにかく耳に心地よく入ってくる。そこに尽きますね」
そのサウンドの要となるのが、JBLの4312B。神戸・元町でMilk Barの前身となる店を始めた1994年に購入した。現在の店よりも狭いスペースだったため、4343や4344は奥行き的に難しく、コンパクトな4312Bという選択になったのだとか。
「4312Bを軸に、オーディオ専門店でアンプの聴き比べをさせてもらったんです。それぞれの組み合わせを聴いていくなかで選んだのが、DENON PMA2000。ハキハキした中高音が心地よく、4312Bとの相性がいいと感じたので、一緒に購入しました」
現在、4312Bはバックカウンターを挟むように置かれている。ツイーターが耳の高さに来るよう、バックカウンターを設計した。その後DENON PMA2000をプリアンプとして用い、パワーアンプには客に勧められたマランツSM8(1982年製)を使っている。
「店のなかで一番心地よく聴ける場所は、カウンターから数歩下がったテーブル席です。ただカウンターの真ん中がいいという方もいますし、好みが分かれるかもしれません」
さっそくその場所で、オススメのアナログレコードを聴かせていただく。ターンテーブルで回っているのは、アル・ジャロウの「Glow」(1976年)。1曲目が始まるや、ドラムのハイハットとギターのカッティング、そしてソリッドな音色のベースが小気味よく耳に入り込んでくる。その間をかいくぐるように、アル・ジャロウの歌がからむ。それぞれの楽器と歌が、左右だけでなく、上下や奥行きまで表現されている。それが人工的なものではなく、あくまでも自然に立体感のあるサウンドを奏でていた。長く聴いていても、聴き疲れしない自然な響きが心地よかった。
「目指しているのは、気持ちのいい音を聞きながら、お酒を楽しめる空間です。ココロに引っかかるレコードを見つけてもらって、それを肴にお酒と話が進んでいく。そんな時間こそ理想ですね」
グレープフルーツの味わいとラムの苦みがさわやかな「オリジナルラムトニック」をいただきながら、自然と話は音楽の話になっていく。かかっているアルバムの話から、松本氏は次のアルバム選びのヒントを見つける。70年代の音楽が好きな方ならば、知らないうちにそのペースにはまっている自分に気づくはずだ。
Milk Barには、70年代系が好きな大阪のFM局やレコード会社のスタッフ、音楽関係の方が多く集まってくる。ラジオの収録終わりに訪れるアーティストも多い。それに加えて、なぜか海外からのDJやミュージシャンも多く訪れるのだとか。どうやら、こちらを訪れた外国人の書き込みが、世界的に広がったらしい。
「世界中、いろいろなところからいらっしゃいますよ。なかでも最近多いのがカリフォルニア州の方たち。あちらで影響のある方がネットに書き込んでくださったのですかね。壁に飾っているトム・ウェイツやキャロル・キングのジャケットを見て、父親やおじさんが好きだったよという話になります。ふらっと一人で入ってきたイギリス人のDJは、今、海外で人気の高いジャパニーズ・シティ・ポップ(大貫妙子や大橋純子、山下達郎など)のアルバムをリクエストしてきます。カナダ人はニール・ヤングやジョニ・ミッチェル」
言葉は通じなくても、初対面であっても、音楽を共有することができる。そこには日本人もアメリカ人もイギリス人もない。音楽という共通語でわかり合える瞬間がある。その気持ち良さを求めて、店主の松本氏は今日もココロにひっかかるアナログレコードを探し続けている。