「JAZZ&自家焙煎珈琲 パラゴン」は、鹿児島の中西部に位置する海風を感じる町、いちき串木野市の市役所へと通じる道を曲がるとその右手にある。その外観は何層もの蔦に覆われており、すぐ隣にはコーヒーの焙煎室が並んでいる。
店内の奥に設置されているのは、1950年代製の『JBL D44000 PARAGON』(以下、『PARAGON』) 。心地良いサウンドとともに、卓越したフォルムとその圧倒的な存在感で、観る者、聴く者を魅了することができる。
「JAZZ&自家焙煎珈琲 パラゴンは1976年にJAZZ喫茶として始めました。ありがたいことに、今年で44年目を迎えます。昔は10数名のスタッフで店を切り盛りしていましたが、今は息子と家族4人でがんばっています」
そう語るのは「JAZZ&自家焙煎珈琲パラゴン」のオーナーである須納瀬氏だ。
「お客様に居心地の良い空間を提供するために、普段は『PARAGON』の音量を絞って鳴らしています。しかし、せっかく『PARAGON』があるので、毎週日曜日の22時から24時までの2時間は、『フルボリューム Jazz Audio Time』として大音量で『PARAGON』を鳴らして楽しんでもらっているんですよ」
『PARAGON』の音質の良さは音量を絞っていてもわかる。透き通るような、まるで体を突き抜けるかのようなサウンドに出会える。
「店名はもちろんJBLのスピーカーである『D44000 PARAGON』が由来です。JBLのスピーカーとの出会いは、まだ店を構える前でした。当時、JBLのKシリーズの音を聞いた時に、楽器の位置が分かるほどの音質で感激したことを覚えています。そして、JBLの様々なスピーカーと巡り合う中で『PARAGON』の存在を知りました。当時はまだ『PARAGON』の音を聞いたことはありませんでしたが、JBLの中でも最上位モデルのスピーカーだということもあり、憧れがありました。そんな憧れのスピーカーをいつかは自分の店に導入したいという想いから、店名をパラゴンと名付けました」
また、JAZZ喫茶を始めるに当たり、JAZZの研究や店で流すレコードの購入も積極的に行ったという。
「初めは音楽よりもオーディオの方に興味がありました。しかし、JAZZ喫茶を始めようということで、とにかく誰が来ても恥ずかしくないように、当時から月に10枚はレコードを買うように積み重ねてきました」
そう語る須納瀬氏の隣には、いくつものレコードがところ狭しと並んでいる。レコードは5,000枚、CDは3,000枚以上所有しており、今でも増え続けているという。
パラゴンでは音楽と共に食事も楽しんで欲しいとい想いから、自家製のケーキやピザも提供している。そのため、『PARAGON』のサウンドを求める方はもちろん、カフェ好きのお客様や、家族で来店されるお客様も珍しくないという。
お店のオープン当初は、他のJBLのスピーカーと機材を組み合わせて音を鳴らしていた。念願の『PARAGON』はお店をオープンして4年後に導入したとのことだ。
須納瀬氏はもともと電子工学が専門で、学生時代はアンプの製作も行ったことがあるという。
「学生の時に教授にオーディオとは何だと聞かれたことがありました。私は何も答えられずにいると、教授からオーディオは箱の技術だと言われました。なぜだか今でもその言葉を鮮明に覚えています」
電子工学が専門ということもあり、その興味はオーディオにあった。『PARAGON』がどんな構造をしているのか興味があり、裏蓋を開けて色々研究したという。
「教授に言われた言葉を鮮明に覚えていたので『PARAGON』はどんな技術をもって作られているのか非常に興味がありました。興味本位で少し中をいじると音が全然違って聞こえるんですよ。それが楽しくて、自分の求めるJAZZの音を引き出すために研究を繰り返しましたね」
『PARAGON』はお店の中の何処で聞いても変わらない音だという。
「『PARAGON』は音量によりイメージが変わるんです。音を絞っていると透き通るようなリラックスできる心地よいサウンドですが、大音量で『PARAGON』を鳴らすと箱が鳴っているような印象になります。目の前の『PARAGON』というステージの上で楽器が演奏されているのがわかるんですよね。楽器の左右の置き位置だけでなく、その奥行きや大きさすらもわかってしまいます。音を出しているのは『PARAGON』ですが、店内全体が鳴り響いて、ひとつの会場となっているみたいです」
自身の理想とするJAZZの音を追い求める須納瀬氏。『PARAGON』本来の音がお客様に伝わるように、床に直置きではなく、あえて耳の高さまで上げて鳴らしている。また、『PARAGON』はあえて中音重視のセッティングにしてあるという。
「お客様がリラックスできる、居心地の良い空間を提供したい、という想いは開店当初からあります。中音重視のスピーカーは長くずっと聞くことができるんですよね。だからうちの『PARAGON』は中音重視なんです」
『PARAGON』を設置した当初、イコライザを使って低音や高音を引き上げたりもしたが、それよりも中音重視のほうがリラックスして聴くことができたという。そのため、今はオリジナルの中音重視の音で鳴らしているとのことだ。
「とにかく『PARAGON』をどれだけうまく鳴らすかということに集約しています。100Wのアンプだと、針がピークに触れてしまい余裕のある音になりません。余裕のあるアンプで鳴らさないと、余裕のある音が出ない。また、オーディオは機械と機械のマッチング、さらに部屋とのマッチングが重要だと思っています」
須納瀬氏のオーディオへのこだわりは留まるところがない。しかし、それはオーディオだけでなくコーヒーも同じだ。
「コーヒーの焙煎では苦味の質を求めています。オーディオもそうですが、コーヒーにおいてもたくさんのコーヒーの味を追い求めるのではなく、1つのコーヒーを浅いところから深いところまで追求しています。そういった意味では『PARAGON』と同じですね」
もちろんコーヒーは直火で焙煎。本来の味わいを提供したいので、豆によっては焙煎してから一週間くらい寝かせているという。
「ゆっくりしていて気楽な店だけれども、本物の店でありたい。音楽はもちろん、コーヒーやケーキにおいても本物と思っていただけるような店を目指しています」
どこまでも理想を追求した『PARAGON』のサウンド、コクと苦味が絶妙にマッチしている自家焙煎のコーヒー、素材を吟味し作り上げる自家製のケーキやピザ。味や音を磨くだけでなく、店を、そして日常を磨き、充ちたりた和やかな時間を提供するパラゴン。須納瀬氏のこだわりやその想いが隅々まで詰まっている店だ。