横浜伊勢佐木町に“音楽人の楽園”があるという。その名は「SMOKIN' FISH」。中古レコードショップであり、アナログ専門のロックバーであり、音楽スタジオでもある。まさに楽園だ。
オーナーはギタリストの小川榎也さん。10年前に福岡でイタリアンレストランとして「SMOKIN' FISH」をオープンさせると、その後東京、横浜と拠点を移しながら続けてきた。しかし2020年、新型コロナウイルスが猛威を振るい、外食産業は大きな打撃を受ける。それは「SMOKIN' FISH」も同様。さらに原材料の多くをイタリアからの輸入にこだわってきていたため、円安の影響も大きく響いた。そこで小川さんは心機一転。レストランとしての看板を下ろすと、D.I.Yで店内も大きく改装し、2023年9月にロックバーとして「SMOKIN' FISH」を再始動させた。
「それまでは“イタリア料理店でいい音が聴ける”というスタンスでした。音響にはこだわっていましたし、好きな音楽をかけていましたが、食事がメインだったので音量はあまり上げられなかった。今は音楽メインなので、大きな音でかけられる。そして、みんなが音に感動して、いい時間を過ごしてくれるようになりました」
小川さんの音楽好きは小学生の頃から。
「出身は神奈川なんですが、昔からテレビ神奈川は音楽にすごく力を入れていて、夕方からいろいろなアーティストを紹介する番組が放送されていました。それを見ていた僕は、最初にポール・ヤングに夢中になりました。そこからポール・ヤングが載っている雑誌を読むようになり、『影響を受けた10枚』というコーナーを読むと、オーティス・レディング、マーヴィン・ゲイ、ダニー・ハサウェイ、サムクック……と、ポール・ヤングが影響を受けた名人のようなアーティストがずらっと並んでいました。好きなアーティストが影響を受けた音楽は聴きたい。頑張って小遣いを貯めて、中学生になってオーティス・レディングのレコードを買いました。それが初めて買ったレコードです」
そこで小川さんはアナログレコードとの衝撃的な出会いを果たす。
「自分の家にはレコードプレイヤーがなかったので、プレイヤーを持っている友人に頼んで、テープに録音してもらいました。それを家にあった小さなラジカセで聴いたのですが……そのときの衝撃は今でも忘れられません。あまりの衝撃に床に倒れて、吐いてしまった。涙も出ました。自分では何が起こっているのかわからなかったのですが、とにかく体が反応したんですよね。そんなショッキングな音楽体験からどんどん音楽にのめり込んでいきました。オーティス・レディングのアルバムにビートルズのカバーも、ザ・ローリング・ストーンズのカバーも入っていたので、そこから『ビートルズって誰?』『ザ・ローリング・ストーンズって?』と調べて聴いては同じように衝撃を受ける。そうやって高校生くらいまでずっと音楽に打たれる毎日でした。同時にパンクも聴いたし、80sも聴いたし、ギターも始めて……その探究心は50歳を過ぎた今でも枯れたことはないですね。その頃のまま生きています」
「でもそれはアナログレコードだったからだと思います」と言い切る。確かに「SMOKIN' FISH」は“アナログ専門”を謳う。
「ギタリストとして活動を始めると、僕ももちろんCDを作るようになります。でもずっと『何か違うな』と思っていました。僕だけじゃなくて、エンジニアの人も聴いている人もきっとそう思っていた。でも宇多田ヒカルが800万枚売れたり、MONGOL800がインディーズで400万枚売れたりしていた時代だからそれは仕方なかった。ただ僕自身は、アナログレコードを聴いたときのような、倒れたりしびれたり、音楽を聴いて感動を受けることはなくなっていて。 でもそれは自分が仕事として音楽と携わり出したからなのかなと思っていたんです。でも違った。10年前に福岡で『SMOKIN' FISH』を始めるときに、改めてちゃんとアナログ機材を揃えてレコードを聴いたら、めちゃくちゃ感動したんです。それ以来『アナログの良さは無くしちゃいけない』と思ってコレクションをし始めました」
もともと凝り性だったという小川さんは、そこからアナログレコードへの造詣を再び深めていった。同時に、小川さんがこだわるのは“いい音”。「僕、いい音フェチなんです」と笑うが、“いい音フェチ”の始まりも子供の頃だったそう。
「今思うと、子供の頃からその気質があった気がします。当時のFMはトークがなくて、アルバムを曲順に流すような番組がほとんど。だから番組開始と同時にラジオをテープに録音すると、LPと同じ中身になったんです。だからよくテープで録音をしていたのですがテープにもいろいろ種類があって。ノーマルテープ(ノーマルポジション)とかクロームテープ(フェリクローム)とかメタルテープとか。値段は、メタルテープが高くて、ノーマルテープは安いけど、その分メタルテープは音が良い。当時からそういうことをすごく気にしていました。しかもメーカーでも音がちょっとずつ違ったので、メーカーも取っ替え引っ替えして。どこのメーカーのどのテープが一番いい音かを調べていました。今は真空管アンプなどを聴き比べているんですが、当時と同じ感覚ですね」
そんな“いい音フェチ”の小川さんが「SMOKIN' FISH」で使用しているスピーカーがJBL 4312XPだ。
「ロック好きからすると、JBLって一つの山のようなもの。高くて買えないけど、ずっと憧れていて『いつかは……』と思っている。そしてちょっとずつお金を貯めて、20年前くらいにようやく買いました。お店を出す前に、自宅用で。4312XPを選んだ理由は、店で聴いて一番いいと思ったから。一目惚れ状態でしたね」
「JBLの魅力は?」と聞くと、それまでは何でも詳細に話してくれていた小川さんが「カッコいい音が出る。それだけです」ときっぱり。
「そうとしか表現ができないんです。いろいろ聴いてきましたけど、もうJBL以外のスピーカーを使う気にはならないですね。ロックってやっぱりギター音楽なんです。JBLはね、ギターの音がカッコいいんだよね」
そんなJBLの音を最大限に生かすため、「SMOKIN' FISH」では特にルーム・アコースティックにはこだわっている。そもそも「SMOKIN' FISH」は中古レコードショップ、ロックバーとして気軽に音楽が愉しめるほか、レコーディングスタジオとしての機能も持つ。
「コロナ禍で休業を余儀なくされたときに、思い切って内装を一旦壊したんです。いわゆるスケルトン状態。そこからスタジオの設計図を勉強して、“いい鳴り”がする箱に作り替えました。壁には吸音材としてグラスウールを敷き詰めて、針葉樹合板を組んでいく。スピーカーのキャビネットを作るような感覚で内装を作りました。あとは反射と吸音のバランスを取れるように天井の高さを変えられるようにもしてあります。“ミュージシャンがスタジオでつくっている音になる”がコンセプト。だからここでアナログレコードをかけると、本当にそこで演奏しているように聴こえます。みんなビックリしますよ」
店には20代の若者も多く訪れるという。初めてのアナログレコードを「SMOKIN' FISH」で買う人もいる。また他店で購入した中古のレコードプレイヤーの扱いに困っているという話を聞けば「持っておいで」と話し、メンテナンスを手伝い、さらにその機材にぴったりなレコードを選んであげることも。
「若い人がうちで初めてアナログレコードの音を聴いてびっくりする姿を見るのは最高にうれしいね。それに、こんなにアナログレコードを持っている僕でも、例えば『USオリジナル』と書いてあるだけで買ったレコードは3枚に1枚は失敗する。やっぱりレコードは聴いてみて初めて、良し悪しがわかるんですよ。だからこの店では、ちゃんと聴いてから安心して買ってほしい。それがコンセプトです。お酒でもコーヒーでも飲みながら、何時間でも試聴していいので。ここは“音楽人の楽園”。聴く人も演奏する人も、とにかく音楽が好きな人、音楽を愛する人にとってのオアシスみたいな場所にしていきたいです。家のようにリラックスできて、時間を忘れて最終電車を逃してしまうような(笑)、現実の世界から少しだけでもトリップできる場所になれたらと、そう願っています」