池袋駅西口近くにある「玉彦」は、「ヴィンテージ」をコンセプトにしたセンス溢れるジャズバーだ。マスターの君塚信一氏は、会社勤めをしながら、知人が経営するヴィンテージ酒専門のバーで学び、2013年に同店をオープン。「本物」の音とお酒を満喫するために、多くのファンがここを訪れる。
「サウンドにはこだわっています。メジャーな曲をオリジナル盤でかけるのが、この店のスタイルですね。よく耳にするこの曲が、本当はこんな音だったのかと、多くのお客さまが驚きます」
50年代~70年代を中心としたジャズやロックに合わせ、同じ時期につくられたヴィンテージもののウィスキーやジンなどを豊富に取り揃えている。古きよき時代のレアなお酒は、今のものとは比較にならないほど味わい深いと君塚氏は語る。
「たとえば、今のウィスキーは口当たりが結構キツイ。だから、ロックにしたり、ソーダ割りにしたりするんです。昔のものは、舌で転がせるくらい口当たりが優しいし、飲んだ後の余韻もまったく違う。もともとウィスキーは、ストレートで飲んで美味しいお酒ですから」
ひとつひとつ、大切にものをつくるのが当たり前だった時代。オーディオもお酒も、そんな時代につくられたものには、共通するよさがあると君塚氏は言う。
「時間と手間をかけて作ったものは、何でも素晴らしい。1950年代のジャズのオリジナル盤を聴きながら、同じ年代につくられたゴードンのジンやオールドパーを味わう。そんな素敵な時間を過ごして欲しいですね」
「玉彦」にセッティングされているスピーカーは、1950年代の傑作として名高い「D34001」。君塚氏が自宅で使用していたものを開店時に移設した。本来は2WAYのシステムだが、16Ωの「D-130」、「175DLH」、「075」の3WAYで鳴らしている。
「これはJBLが初めてつくったユニットで、通称『縦型ハークネス』。キャビネットの素材は軽い米松で、楽器のように箱全体で音を鳴らすイメージですね。柔らかくて奥行きがある音が特長です。この時代のスピーカーはエネルギー効率がよくて、アンプのパワーがなくても、音が出せます。このスピーカーなんか、2ワットで十分鳴ってくれますよ(笑)。小さい音で鳴らしても、ベースが弾むような繊細な音を表現できるところがいいですね」
ウエットではなく、ジャズならではの乾いたサウンドがJBLスピーカーの魅力だと語る君塚氏。「最近、さらによくなってきた」というこの「D34001」のサウンドに満足しているため、今後はこの音をいかに維持していくかが大切だという。
「50年代のオリジナル盤は、50年代のJBLじゃないと本来の音を出すことはできない。一度経験してもらうと、当時のスピーカーで当時の曲を聴くことが、どれほど贅沢なことか納得してもらえると思います」
「D34001」のサウンドによる最高の贅沢を、「玉彦」は今夜も味あわせてくれる。
君塚氏がジャズのオリジナル盤に魅せられたのは、20代の頃。レコードショップの店頭で試聴して、そのサウンドに衝撃を受けたという。
「聴くだけならタダなので、ブルーノート盤のマイルス・デイヴィスの『Somethin' Else』やソニー・ロリンズの『A Night At The "Village Vanguard"』をかけてもらいました。そうしたら、自分が持っている日本盤とぜんぜん音が違っていて驚きました。1枚数万円もしたけれど、3時間悩んで買ってしまいました(笑)。それほどサウンドが凄かったんです」
それ以来、オリジナル盤に魅了され、オーディオもそれに合わせてヴィンテージものを揃えていったという君塚氏。ジャズの魅力は、その音の素晴らしさにあるという。
「チャーリー・パーカーのテクニックがいくらすごいとしても、レコードの音が悪いと思っていたので、以前は聴いたことがなかったんです。ところが、オリジナルのSP盤を聴いたら素晴らしかった。1940年代のSP盤のサウンドは、本当にリアルですね」
オリジナル盤は、音の密度の高さや、そこにミュージシャンがいるようなリアル感を体感できると語る君塚氏。これからも、オリジナルなサウンドを追い求めていく。
「本当の音で聴かないと、そのミュージシャンや曲の本当のよさはわからない。これは、オーディオを追求すればするほど、真実なのだという確信が深まっていきます」