1977年の原宿といえば比較的静かな大人の街だった。ラフォーレ原宿もまだなく、竹の子族もいない時代である。そんな原宿の明治通り沿いに1977年、JAZZバー「ボロンテール」がオープンした。オーナーの坂之上京子さんが、知り合いに勧められて、もともとあった店を引き継いだ形での開業だった。
「ボロンテールというシャンソンの店でしたが、オーナーさんが結婚してアメリカに行くことになり、その店を私がJAZZバーにしたんです。店名も、いろいろ考えましたが、結局そのまま“ボロンテール”にしました。これは“ボランティア”のフランス語ですが、語源に“気ままな”とか“前向きないい空気”という意味もあるみたいで、JAZZバーとして面白いと思いましたね」
当時の原宿にはJAZZが聴ける店は、そう多くはなく、すぐに話題になったそうである。そして、ファッション関係者やデザイナーなどが多く集まるお洒落なJAZZバーとして知る人ぞ知る存在になった。
「JAZZがお好きだった作家の色川武大(阿佐田哲也)さんや、近くにオフィスがあったイラストレーターの和田誠さんも、よく通ってくださいました。和田誠さんには、お店のコースターのイラストも描いていただきましたね。私の大好きなレスター・ヤング、ビリー・ホリデイ、カウント・ベイシー、デューク・エリントンの4種類です。お持ち帰りになるお客様も多いですよ」
多くの文化人も通う原宿「ボロンテール」ではあったが、開店から34年経った2011年、原宿の区画整理により、移転を余儀なくされてしまう。
「慣れ親しんだ原宿を離れるのは残念でしたが、こればかりはどうしようもありません。100軒くらい移転先を見た中で、現在の赤坂に決めました」
閉店直後の2011年4月には、あの週刊文春の表紙に原宿「ボロンテール」の外観イラストが和田誠氏により描かれた。それほど、「ボロンテール」の移転は日本のJAZZ文化や原宿カルチャーにとって大きなことだったのである。
「ボロンテール」のスピーカーは原宿時代から1960年代の「LE8T」が設置されている。20cmシングルコーン型のフルレンジユニット。1ウェイ・1スピーカーの名機である。
「原宿に開店した当時の1977年には違うスピーカーを入れていましたが、しっくり来ませんでした。そこで、一ノ関・ベイシーの菅原さんに相談したところ“LE8T”を薦められたんです。菅原さんは原宿に来店してくださったこともあり、店内の環境もご存知でしたし、店の広さも考えると“LE8T”がベストとのことでした。“スピーカーの基本はフルレンジだよ”との言葉が今でも忘れられませんね」
坂之上氏は、すぐに「LE8T」を探し始めた。そして程度のいい60年代のユニットを入手。1982年のことだった。以来、このスピーカ-は原宿、移転先の赤坂と場所を変え30年以上鳴り続けている。
「“LE8T”は、ふくよかな音というんでしょうか、すごく優しい音がします。大音量でスピーカーに向き合って聴くのなら他のスピーカーになるんでしょうが、お酒を楽しみながら、リラックスしてJAZZを聴くという、うちのスタイルにはピッタリです」
そして、その翌年、「LE8T」と組み合わせるため、菅原氏が惚れ込んでいたプリメインアンプ、JBL「SA600」を探し始めた。しかし、どうしても見つからず、その後継機である「SA660」を手に入れた。スピーカーと同じく1960年代のアンプである。
「相性がすごく良かったですね。“SA600”よりパワーがあるせいか、中低音がさらに出るようになり、より厚みのあるサウンドになりました。本当に私の好きな音です。実際、30年以上この組み合わせで来ていますし、他の音に変える気はないですね」
しかし、この「LE8T」は、過去に一度故障したことがあったそうだ。その時は、自宅に持っていた同じく20cmフルレンジのJBL「2115」に入れ替えたそうだが、「2115」はスピーカーの能率が高く、高音がピーキー過ぎるとのことで、やはり「LE8T」と「SA660」の相性の良さを改めて実感したそうだ。
「“SA660”は、その後、もう一台買いました。もし今使っているのが故障したらと思うと不安で不安で……(笑)。でも、本当に菅原さんは慧眼でした。本当にいい組み合わせを教えていただき、素敵な音色に巡り会えたのを感謝しています」
赤坂に移転する際には店内のレイアウトに気を遣った。移転先は原宿の店より広くなる。また、窓も大きく、音の環境が大きく変わると思ったそうだ。
「店内の設計は知り合いにお願いしたのですが、音の反射や振動を考えて、とにかく木を多く使ってくださいと頼みました。ただ、それでも以前の音とは違ってしまいました。店内の環境変化だけでなく、ちょうどスピーカーやアンプの劣化時期かもしれないと思ったので、メンテナンスや細かい調整をお願いし、ようやく安定したいい音が出るようになりました。今ではボーカルもビッグバンドも、落ち着いた濃厚な音が鳴っています。原宿時代より素敵なサウンドになったかもしれませんね(笑)」
同店で流されるJAZZは幅広い。特にジャンルを定めずに、スウィング、モダン、ボーカル、ニューオリンズ、デキシーと何でもアリの選曲がなされている。
「私自身は、コースターにもなっているレスター・ヤングやビリー・ホリデイが好きですが、何でも聴いてLPを集めてきましたから、店に置いてあるレコードのジャンルも多彩です。でも、置ける枚数は3000枚が限界ですので、ひとりのアーティストの深い部分まではフォローできていないかもしれません。その分、お客様にとって新しいJAZZとの出逢いも多いと思います」
また、隔月で「SP盤大会」や「ドーナツ盤大会」のイベントも開催されている。当日は、JAZZに限らずクラシックやビートルズなどのロック、昭和歌謡など古き良きサウンドを「LE8T」と「SA660」で楽しめる。これも音楽を自由に楽しむ坂之上氏ならではのイベントだ。
お客様に楽しいひとときを過ごして欲しいという想いと坂之上氏の人柄がファンを生み、JAZZを聴くだけでなく、ママとの会話を楽しむために多くのお客様が訪れている。もちろん、原宿時代からのお客様も赤坂「ボロンテール」に通っているそうだ。
昼のカフェタイムに提供される、昔ながらの味を守り続けるコーヒーと、オリジナルの「パストラミビーフサンド」も人気。夜のバータイムには、ビールはもちろん、スコッチやバーボンなどが、素敵なJAZZと共に楽しめる。
暖かい雰囲気の中で楽しむ自由なJAZZと、「LE8T」&「SA660」ならではのリラックスできるJBLオールドサウンド。ここ「ボロンテール」は、最高の時間を約束してくれるだろう。