京王線千歳烏山駅の南口にある「ラグタイム」。1978年にオープンしたこの店の椅子に座れば、柔らかな木を基調とした落ち着いた雰囲気の中で、スタンダードナンバーを中心としたジャズと、種類豊富なドリンク&フードが満喫できる。長年、常連客に親しまれてきたマスターの天川充治氏が他界したあとは、妻の純子氏と息子の新一氏が交代で切り盛りを担当。以前と変わらず、多くのファンが訪れるこの店を盛り立てている。
「昔からの常連さんが多い、地元に根差したお店ですね。京王線沿線に住むビジネスパーソンも、途中下車して立ち寄ってくれています。いろいろと種類が豊富なので、お酒を楽しむ方が多いのも、このお店の特徴かもしれませんね。ジャズを聴きながら会話を楽しんでもらえる店なので、初めての方も気楽に入っていただけると思います」
ウイスキーやバーボンのほか、焼酎や泡盛なども人気が高いと語る純子氏。あたりめやこまい、砂肝唐揚げなど、ジャズバーらしからぬおつまみ系が充実しているところも、常連を呼ぶ魅力のひとつになっていると笑顔を見せる。
かける曲は、店名となっている「ラグタイム」にこだわらず、スタンダードナンバーを中心に幅広い。入口横にセッティングされた「4343B」は、曲のニュアンスをしっかりと伝えながら、おしゃべりのストレスにはならない、ほど良いボリュームでジャズを奏でる。「ラグタイム」は、昔も今も、変わらないサウンドで訪れる者を包み込んでいる。
30年以上にわたって「ラグタイム」のサウンドを奏で、ファンの耳を楽しませてきたのは、1980年初頭に発売された4ウェイスピーカー「4343B」。純子氏が客としてこの店を訪れたときは、店の入口すぐ横にセッティングされていたという。以来、同じ場所で素晴らしいサウンドを奏でている。
「特別、サウンドのセッティングなどで苦労することはなかったようです。去年、ウーハーを貼り替えましたが、相変わらずいい音を鳴らしてくれています。常連のお客さまに微調整してもらいながら、長い間いい状態で使っているんですよ。この4343Bのサウンドは、とても穏やかでソフトなイメージがありますね」
「4343B」のマイルドなサウンドは、この店でおもにかけるジャズはもちろん、ロックやフュージョンにも合うと語る純子氏。結婚以前は、キャロル・キングやピーター・ポール&マリーなどのフォークソングをよく聴いていたという純子氏だが、この「4343B」が奏でるサウンドでジャズに触れ、その魅力に惹かれるようになった。純子氏にとって、ジャズは「4343B」のサウンドそのものなのだ。
マスターが遺してくれた「4343B」は、これからも「ラグタイム」とともに時を重ね、そのサウンドで楽しませてくれることだろう。
「このお店で働くようになるまで、本当にジャズを知らなかったんです。最初は、セロニアス・モンクやルイ・アームストロングなんかをよく聴いていました。お店でいろいろな曲をかけているうちに、ジャズの魅力がわかるようになっていったんです。最近では、コルトレーンやクリフォード・ブラウン、南アフリカのダラー・ブランド(アブドゥーラ・イブラヒム)などが好きですね」
そしてジャズの魅力は、長時間聴いていても疲れずに、くつろげるところにあると純子氏は語る。
「コーヒーを飲みながら本を読んだり、お酒を飲みながらおしゃべりしたり。くつろぎながら、長く聴いていられるところが好きですね。こうしてジャズのサウンドに包まれて働いているので、疲れる音楽なら、仕事を長く続けることは難しいと思います(笑)」
「ラグタイム」にあるレコードは、3000~4000枚。ジャズを中心に、幅広く取り揃えている。レコードは、傷んでノイズが出たり、新しいものに買い替えることができる場合には新たに購入するが、新譜を入れることはないという。定番の曲の数々が、この店の「味」となっているのだ。
「ここは、お客さまとつくり上げている店。素敵な常連さんに恵まれて、本当に感謝しています」という純子氏。時間の堆積の中で、「ラグタイム」はさらに輝きを放つジャズバーになっていくことだろう。
「このお店ができたころから、お客さまも一緒に歳を重ねてくださっています。今、29歳の息子が夜の18時~深夜2時まで店に出ているので、もっと若い方にも来ていただいて、定着してくれたらいいですね。そしてまた、このお店と歳月を重ねてくれたら、こんなに嬉しいことはありません」