津久井湖の手前の国道413号沿いをドライブすると、一見、倉庫のような外観のカフェが現れる。すでにオープンから9年目を迎える人気店「ZEBRA Coffee & Croissant」。
エントランスに立つと、オーナーの嶋田耕介さんが創る独特な雰囲気によって店内への期待が高まっていく。それもそのはず、彼はプロダクトデザインに関わる会社を経営して実績を重ねるアートディレクターなのだ。
「2011年に仕事でメルボルン、シドニー、サンフランシスコ、シアトルに行ったのですが、各地で訪れた個人経営のカフェの魅力に大きく心が動きました。そこにはバリスタがいて、スペシャルティコーヒーがあり、人と人が繋がる人間らしい場所で、日常から離れた心地いい時間を楽しむ文化が感じられたのです。
特にメルボルンにあったカフェの空気感には衝撃を受けました。ドアを開けた瞬間、五感のスイッチが切り替わる。こういう感覚のお店を日本で開きたいと思い、翌年には津久井本店をオープンしました」
この時点で、嶋田さんは日本ではまだ馴染みのないサードウェーブの潮流をいち早く捉えている。
もともと工場だった建物の天井高5m・店舗面積220m2のスケルトンスペースは、すべて自分たちの手づくりで仕上げたという。なんという直感力と実現力だろう。
「ドライブのついでではなく、このお店をお客様のライフタイルに合ったドライブの目的地にしていただきたい。その上で、空間の広さ、椅子やテーブル、良質なコーヒーやフードメニュー、スタッフの印象、BGMなど、自分がお客様ならどんなコンテンツが揃っていたら行きたくなるかを考えました。
それは、お店側の理想を押しつけない、いつ来ても本当の意味でみんなが心地いい場所。普遍的な機能を失わず、時間の洗礼を受けない確かな空間とでもいうのでしょうか。時を経ても変わらない、JBLのスピーカーの魅力にも似ていますよね」
こうしたお客様をまん中に据えたモノやコトへの深いこだわりは、多くのプロダクトデザインに関わり、常に製品を使う人の立場で考える嶋田さんならではの価値観そのものといえる。
ゆったりとした開放感あふれる店内で存在感を放つのが、JBLスピーカーをはじめとするオーディオ機器だ。カフェで流すBGMは空間の雰囲気を演出する大切な要素だが、ZEBRAの場合、ここにも特別なこだわりが見てとれる。
「オーディオが趣味だった父のリスニングルームに配されていたのが、JBLのスピーカーでした。さらに父は、クラシックやジャズなど音楽によってスピーカーを使い分けるマニアでもありました。その頃聴いた原体験によって、いい音とはこういう音、と自ずとわかるようになりましたね」
小さい頃から高レベルの音質を体感していたので、自分が創るカフェ空間にJBLスピーカーを導入するのはごく自然なことだったのだ。
「性能はもちろん、JBLには多くのファンに支持されるポテンシャルやストーリーがあること。なにより最もアイコニックで、お客様の主な年代層やオーディオファンにとっても憧れの的ですから他の選択肢はありませんでした」
店内にあるスピーカーは、父親から譲り受けていた名機『JBL4343』。スピーカーを鳴らすC20や MC240といったMcIntoshの真空管アンプも、同様にお気に入りだったらしい。
「僕自身は特別なオーディオマニアではないのですが、個人的には『JBL4343』はトリオやカルテットの少人数が奏でる音の方が引き立つ感じがして、特にボーカルやピアノのこぼれるようなリアリティがたまりません。小音量でも低域の再現度が素晴らしいので、このお店の広さにはとてもフィットしていると思います。JBLスピーカーへのお客様の関心度も高いですよ」
オーディオ関係はあまり詳しくないと謙遜されるが、少年期から耳にしていただけに『JBL4343』が発揮する表現力を的確に享受されている。好きなミュージシャンはブラッド・メルドー、マイルス・デイビス、キース・ジャレット、最近ではドラマーのクリス・デイブに傾倒しているそうだ。ちなみに嶋田さんが参戦して感動したクリス・デイブ出演「ビルボードライブ東京」の音響システムは、JBLのスピーカーで構成されている。
「個人的な趣味とは別に、店内の音楽は人の心にある憧れ、ノスタルジー、昔聴いた曲の記憶といったものにそっと寄り添って、心地いい空間を演出する”装置”だと位置づけています。ですから、幅広くアナログレコードを揃えるのは僕ですが、みんなが楽しめるよう、選曲に関してはスタッフたちの好みや裁量にまかせています。
ビートルズやニール・ヤングも、若いスタッフにとっては新鮮なんです。コレクション自体は僕が好きなモダンジャズが多く、中でもチェット・ベイカー、ノラ・ジョーンズ、そしてジャズではありませんが、ジャック・ジョンソンを含めた3枚がヘビーローテーションしているようです。音質もクリアかつ高水準で聞きやすい・・・店内では、レコードのジャンルを超えて『JBL4343』のバランスのよさが生きていますね」
“みんな”を強調される嶋田さん。音楽や空間はもちろん、日本に数台しかない大型焙煎機で自家焙煎したシングルオリジン豆、歴史あるエスプレッソマシン、フランス・ボース産小麦粉や北海道産バターなどで作られる評判のクロワッサンなど、さまざまな工夫や配慮が込められたおいしさがみんなを笑顔にしている。
「ZEBRA」をドライブの目的地としてほしい。当初描いていたそんな願いが届いていることは、駐車スペースに止まる県外ナンバー車の数からもわかる。昨年オープンした横浜店などお店も増え、今後の展開に興味が湧く。
「現在、津久井本店、橋本店、横浜店と3店舗展開していますが、どの店も一度つくってしまえばもう僕のものではなく、スタッフやお客様も含めたみんなのものという考えなんです。そこで交わる人と空間と時間がひとつの景色になって、良質なコーヒーをいい音を聞きながらみんなが共有できるような関係性を深めていければいいですね」
近い将来は、音楽を通じて発信したい新しい試みもお考えのようだ。
「まだまだアイデアレベルに過ぎません。気持ちのいい海を背景にした横浜店で、ひとつかふたつぐらいに楽器をしぼった小規模なライブができないかなと。まだ評価されていない、無名のミュージシャンの方々の活躍の場になればとも思っています」
話をさらにお聞きすると、モダンジャズ黄金時代の1950年代、伝説のクラブ/ヴィレッジ・ヴァンガードで録音されたレジェンドたちのライブアルバムがイメージにあると語る。
「拍手、せき払い、食器の音などの喧騒が入り混じる中、なにげなく演奏が始まるあの自由な雰囲気が好きなんです。ライブというと真摯に向き合わなくてはならない感じがしますが、堅苦しくならず、ふつうにおいしいコーヒーを飲みながら良質な音に身を委ねるようなスタイルになるといいですね。もちろんJBLを通したライブサウンドで」
楽器の質感を素直に伝える『JBL4331』が奏でるマイルス・デイビスの「マイルストーンズ」を聴きながら、嶋田さんは変わらぬ表情で穏やかに語る。その先を見つめ、ZEBRAを立ち上げた時の持ち前の直感力と実現力で新しい空間と音楽の関係を構築していくに違いない。