Vol. 1

序文 リッチなミドルレンジがもたらす音楽的感興

JBLは、わが国のオーディオファイルからもっとも熱い支持を受け続けているブランドである。その理由はどこにあるのだろう?
答えは、ファン一人一人の心の内を訊ねてみないとわからないのだが、これから数度にわたり、JBLの魅力について私が考えるところを述べていくことにしたい。

今回は、イントロダクションとして、私の個人的なJBL体験から思うことについて。
私は、30年以上にわたり、プライヴェートにおいては、もっぱらJBLのスピーカーを愛用してきている。今後それを換えるつもりもない。プライヴェートなことであるから、立ち入ったご質問があったりすると困るのであるけれど、何故換えるつもりがないかと言えば、ひとつは「自分はそういう性格だから」という理由が大きい。そしてもうひとつの大きな理由は、JBLのスピーカーには、私には量りしれない大きな可能性を秘めていると思わせるだけの何かがあるからなのだ(何かが何なのかは、おいおい、この記事で触れていけると思う)。その限界を見極めるのは私の一生をかけてもおそらく無理で、確たる不満がなければ換えないという自分のこれまでの性格からして、一生使い続けるのだろうな、と思っている今日このごろだ。と言うよりも、たぶん、30数年前、初めてJBLのスピーカーを自分のものとしたときから、そう私は思ってきたのだ。

“LE8T”

その初めてのJBLというのは、8インチフルレンジスピーカーの傑作LE8Tを、当時の輸入代理店だった山水電気が製作した木製格子グリルを持つエンクロージュアに収めた、SP-LE8Tだった。おそらく、私と同じようなご経験をお持ちのJBLファンも多いのではないだろうか。

SP-LE8Tは、郷里、宮城県気仙沼市にあったジャズ喫茶「珈琲館ガトー」で鳴っていたスピーカーだった。そこで聴いた音が、私のJBL初体験である。とくにオーディオに凝っていたお店ではなかったが、サウンドを含めてとても居心地がよかったので毎日通った。そこで聴いたJBLの音質は、自分にとって違和感のない自然なものだった。それを刷り込みと言ってしまえばそれまでだが、音楽の躍動感を生き生きと表現する鳴り方と質感は、その後の私の指針となったのだった(私のオーディオ人生を決定づけた、岩手・一関のジャズ喫茶「ベイシー」のサウンドに触れるのは、その1年半後くらいの話である)。

ユニット

LE8Tには数多くのことを教えられた。先に述べたように躍動感にあふれた音というのが、JBLの大切な魅力のひとつに挙げられるのだが、それに加えてLE8Tは、フルレンジという再生周波数レンジ的には制約のある形式の中で、音楽を非常にうまく鳴らしわけてくれたのだ。とりわけ人の声、アルトおよびテナーサックス、トランペットやトロンボーン、スネアドラム、ギター、チェロ、ピチカートで弾かれるウッドベースなどなど、中高域〜中低域に音の中心点があるものの再生が抜群だった。

音楽再生において中域がいかに大切であるか、それがLE8Tが私に教えてくれた最大のことだったように思う。超低域も高域も出なかったけれど、豊かなミドルレンジが、どれだけ聴き手の心を豊かにするのか、私はそれをLE8Tで知ったのだった。

現代のオーディオは、かつてと比べれば再生帯域が広がったぶん、リーン(薄い)サウンドが普通になってきている。透明であることが重要視され、細身の締まった音像がいかにクリアーなサウンドステージに展開するかどうかが評価の大切なファクターになっている。それはそれでよい。だが、そのなかにあって、JBLは、いまでもリッチ(豊かな)サウンドを志向しているように私には思える。もちろん、JBLのスピーカーだって、透明感は充分であるし、音像もクリアーに展開する。しかし、サウンドの立脚点と言ったものが、他の多くの現代スピーカーとJBLとでは違うように感じる。あのLE8Tに代表されるような、リッチなミドルレンジがもたらす音楽的感興は、ただただ透明な音を特徴とするスピーカーからは得られないものである(と私は思う)。そして豊かなミッドレンジの大切さが、JBLのスピーカーには遺伝子のように埋め込まれているのだ。

“グレッグ・ティンバース”
グレッグ・ティンバース

現在のJBLのチーフエンジニア、グレッグ・ティンバースが推進する「拡張型2ウェイ」という設計思想も、ミドルレンジ重視の考え方と言っても間違いではないだろう。同社の歴史を辿ると、1960年代は豊かな低音の獲得に、70年代はワイド&フラットレスポンスの獲得に邁進していたように思えるが、それができたのも、充実した中域がベースにあったからではないだろうか。

これが、数多くのJBLスピーカーを聴いてきた私の実感であるし、他社のシステムとは一線を画すところであると思うのだ。

だから、JBLユーザーの多くは、音楽再生において中域をとても重視している人々なのではないかと推察する。だからこそ、他のスピーカーでは飽き足りず、JBLを愛し続けているのだろう、私がJBLサウンドのリッチなミドルレンジに惹かれ続けているように。

さて、私のLE8Tは7年近く愛用したあたりで、どうしても高域の伸びに物足りなさを感じるようになってしまい、別のJBLスピーカーと置き換わることになった。ソプラノ音域の楽器、例えばクラリネットやオーボエなどの最高域の音色差が、LE8Tでは私には十全に聴き分けることができなかったのだ。それでも、「LE8Tはいい音してたなあ」といまでも本気で思う。それは、音楽再生の根源的な喜びを、あのフルレンジスピーカーが、私にもたらしてくれたからに違いない。