Vol. 10

JBLサウンドがユニットだけではなくシステムづくりのノウハウの積み重ねで築き上げられてきたことを忘れてはならない。

~スピーカーユニットがさまざまな楽器奏者の役割をはたし、
システム設計は指揮者のポジションにある~

いくら素晴らしいスピーカーユニットがあったとしても、それだけで十全に音楽が楽しめるようになるケースは、まずあり得ない。それがただひとつでリスナーが必要とする帯域をカバーするフルレンジユニットであったとしても、たいがいは「壁」なり「板」なり「箱」に取り付けないことには始まらない。どうしてそうなのかについてはみなさんよくご存知のことだろうから詳細は省くが、ようは、低音がしっかりと出るスピーカーユニットはほとんどがコーン型であるから、壁なり板なり箱に取り付けないと、低音の出が悪くなって、著しくバランスを欠いた音になってしまうのだ。コーン型は後ろ側にも音が放射されているため、肝心な前側の音に後ろの音が悪さをしないよう、スピーカーシステムには箱みたいなものが必要になってくるのである。すなわち後ろ側の音を囲い込んでコントロールするのが箱みたいなものの役割になるため、それをエンクロージュアと呼んだりするのである。

そして、上記の理由からすると、低音を担当しないスピーカーユニットは、そのまま単体でも立派に通用することになる(振動板背面の音はユニット内で処理することができる)。ホーンを取り付けたユニットを単体と呼んでいいのかどうかの議論は控えるが、デッカイ低域用エンクロージュアの上に、中域/高域用のホーンを箱に入れずにポンと乗せたシステムができあがってしまうのは、つまりはそういうことである。身に覚えのある方もいらっしゃるのではなかろうか。

何が言いたいのかと言えば、スピーカーを「システム」として成立させるためには、ユニットの他に「箱」みたいなものが普通は絶対に必要だ、ということ。そしてもうひとつ、フルレンジユニット一発で勝負するにこしたことはないと私は思うが、世の中はなかなか厳しいものがあって、うまくいっているフルレンジ一発の音はそれはそれは素晴らしいけれども、それで幅広い音楽をこと細かに聴くというのは難しく、再生帯域をふたつの異なるユニットで分割して担当させた2ウェイシステムとか、みっつに分割した3ウェイシステムが現代のオーディオでは主流となっており、そういう場合、再生帯域を分割し、かつ、性質や性格の異なるユニットをうまく結びつける「デバイディング・クロスオーバー・ネットワーク」も、スピーカーシステムには必要になってくる。

「箱」と「ネットワーク」。このふたつが音楽を楽しむためのスピーカーシステムで決定的に重要な意味を持つ。どういう箱をつくってどういうネットワークをつくるのかという、いわゆるシステム設計は、スピーカーユニットの設計と同等か、もしくはそれ以上に最終的な音質を決めるものだ。オーケストラなら、さまざまな楽器奏者がスピーカーユニットの役割をはたし、システム設計は指揮者のポジションにあるとたとえられるかもしれない(このオーケストラのたとえはオーディオのさまざまな事柄に敷衍することができる)。指揮者が変ることによって、同じオーケストラがどれほど違う「音楽」を創出するのか、その事実を知っている方なら、システム設計の重要さをたちどころに理解してくださることだろう。どれほどスーパープレーヤーを集めたところで、指揮者がヘボだと、それはたしかに技術的にはうまいかもしれないが、まったくつまらない音楽になってしまう例はたくさんある。そういう音楽は、私には意味がないもののように思われる。

60~70年代、JBLのユニットとシステムの開発を担ったエンジニア Edmond May
60~70年代、JBLのユニットと
システムの開発を担ったエンジニア
Edmond May

JBLが他の多くのメーカーと一線を画すのは、この連載でずっと書いてきたように優れたスピーカーユニットを開発する能力を持っているのと同時に、システム設計の面でも素晴らしい実績を残していることだ。現代のスピーカーシステムは、他社からスピーカーユニットの供給を受けてシステム設計を行なう、アッセンブルメーカーの製品が主流である。スピーカーユニットメーカーは、その多くは黒子に徹し、クライアントの要求を満たすユニットを開発するにとどまっていることが多い。JBLのようにスピーカーユニットから自前で開発でき、スピーカーシステムも開発・製造するメーカーは数の上では少数派なのだ。どちらの製品が優れているのかは、ケースバイケースとしか言いようがなく、結局のところ最終的にスピーカーシステムとしてまとめあげる設計者の技術と感性に帰結する。そしてJBLには、優秀なスピーカーシステム設計者がいつの時代にも存在しているからこそ、今日まで多くのユーザーを獲得してきたのだ。

ただ、歴史的に見て、JBLが「スピーカーユニットありき」で邁進してきたことは疑いの余地がない。とにかく優れたユニットの力で勝負するようなところが、JBLの特質であり魅力だ。なにせスーパープレーヤーが目白押しなのだから、それを活かさない手はないのだ。

近~現代のフラッグシップ機の数々を手掛けてきたシステムエンジニア Greg Timbers
近~現代のフラッグシップ機の数々を
手掛けてきたシステムエンジニア
Greg Timbers

同社のスピーカーシステムを特徴づけることとして、創業当初はともかく、エンクロージュアの大きさがユニットに対してコンパクトであることが挙げられよう。そこに私は、箱の力をあまり借りずにユニットの能力をダイレクトに伝えたいという思想を感じ取る。ランサー44でも4311でもDD66000でもよい、JBLの歴代システムのフロントバッフルを眺めてみれば、一番大きなユニットがバッフル幅ギリギリ近くまで迫っていることがわかる(もちろん例外はあります)。バッフル幅ギリギリというのは現代スピーカーのトレンドではあるのだけれど、そちらの場合、バッフル幅を狭くしたぶん、奥行きを深くして箱全体の容積を稼いでいるのが大半だ。対してJBLは、伝統的にエンクロージュアの奥行きが浅く、相対的に小さな箱に仕上げているのが大きく異なる。経験的に言えば、エンクロージュアの奥行きは浅いほうがスパッとした速い反応が得られやすいのだが、これはJBLスピーカーのサウンドの特徴を端的に表わしている。また、ホーンもいたずらに大きくすることを好まず、いわゆるショートホーンで設計してしまうのも、JBLの伝統的な手法だった。それらは自分たちが開発したスピーカーユニットの魅力を最大限に伝えようとするテクニックであり、ユニットがタフでなければ採れない方法である。私たちがイメージするJBLサウンドが、ユニットだけではなく、こうしたシステムづくりのノウハウの積み重ねで築き上げられてきたことを忘れてはならないだろう。