ホーンとは、スピーカーユニットから放射された音を囲い込んで指向性をコントロールし、エネルギーを集中させることで、音に強力な浸透性を与える仕掛けである。
スピーカーユニットを裸で使うと、そこから出た音は多かれ少なかれ360度全方向に散乱しようとする。この場合、リスナーに直接届く音のエネルギーは、ユニットが発したそれのごく一部ということになってしまう。さらに、ユニットの裏側に音が回り込むと、その音の波はちょうど逆の形(逆位相)となってしまい、せっかくのエネルギーをキャンセルしてしまうことにもなりかねない。このキャンセルを防ぐことが、フロントバッフル板やスピーカーエンクロージュアというもののひとつの目的である。今回はホーンをテーマに選んでいるから、エンクロージュアの話には立ち入らないが、フロントバッフルがきちんとあるエンクロージュアを持ったスピーカーシステムの音が、エネルギッシュに聴こえる一因は、ユニットの放射エネルギーが横や後ろに逸れてしまうことを防いでいるからのように思う。
ここまで書けば、ホーンスピーカーが何故、音を遠くまで飛ばせるのか、そして一般に非常に高い能率を誇ることができるのか、察しのいい方ならおわかりになるのではないだろうか。ホーンとはつまり、大雑把に言うと、指向性を絞ることで、スピーカーユニットのエネルギーを効率よくリスナーに届けてくれるものなのである。
さてしかし、世間ではスピーカーの指向性は広ければ広いほうがいいとされているようだ。だが本当にそうなのだろうか? もしそうであるのなら、理屈をこねると、360度均一に音を放射する無指向性のスピーカーシステムがもっともいい音がすることになる。実際に無指向性のスピーカーシステムというものは製品として存在しているのだが、中にはもちろん素晴らしいサウンドを聴かせてくれるモデルもある。けれども、無指向性スピーカーシステムが、いままで主流になったことは一度もない。セッティングが難しいとかいろんな問題はあるのだろうが、オーディオシステムは現実の環境で素晴らしく音楽を奏でることが重要である。だから、と強引に話を進めると、何でも広いほうがいい、例えば周波数特性ひとつとってもワイドレンジであればあるほどよいとか、そういう理屈というか考え方は、もうそろそろオーディオの世界ではお終いにしてしまってもよいのではないだろうか。何事にも適度というものがあるのであって、しかもその適度は人それぞれで異なるものであると私は思うのだ。
したがって、とまた強引に話を進めると、ホーンは指向性が狭いということで批難される筋合いはないのである。話はまたここで曲がるのだが、とはいっても、菅原正二さんの言葉を借りれば、物には限度、風呂には温度というものがある。あんまり狭いのもいかがなものかということにもなるのだ。ということで、ホーンの設計者は昔から、ホーンならではの高効率を活かしながら指向性をいかに広げるかに心を砕いてきたのだが、創始者ランシングの後継者としてJBLで活躍した天才エンジニアのバート・ロカンシーは、1950年代、それにひとつの理想的な解答を出した。それが「ホーンレンズ」である。レンズは光の集束と拡散のふたつの働きをするものだが、ロカンシーのホーンレンズとは、ホーン開口部に置く、音を拡散させる働きをする仕組みのことである。日本では「蜂の巣」の愛称で知られる537−500(HL88)の先端にある、何枚ものパンチングメタルプレートをすり鉢状に重ねたアレだ。「蜂の巣」のレンズはパーフォレーテッドプレートというレンズで175DLHもこのタイプだが、もうひとつ、4343や4344でお馴染みの、斜めの板を重ねたスラントプレートタイプというものもあって、その親玉が、537-512(2395、HL90)である(そのバリエーションとしてプレートを波形にしたフォールデッドタイプもある)。
ホーンレンズは実に素晴らしい仕組みだと私は思う。これを装着することでホーンは「適度な」指向性を獲得し、家庭での使用において必要にして充分な音の広がりを得る。コンプレッションドライバーのフェイズプラグのところでも書いたことだが、レンズがあることを邪魔だと単純に考えてはなるまい。そんなことよりも大切なことが世の中にはたくさんあるのだし、私としてはいま一度、ホーンレンズの効能を見直してもいいのではないかと考えている。
とはいっても、ホーンレンズが、例えば共振による付帯音を持つのは避けられない。高域側の指向性の拡大にも制約がある。ユーザーの側も、「ユニットの前に遮蔽物があるのはどうなの」といったような意見を言うようになった。その答えとして出てきたのが、コンスタントダイレクティビティ(定指向性)ホーン、つまり受持ち帯域全体にわたって滑らかでほぼ均質な広い指向性を保つホーンである。開発者はドン・キールで、それは1974年のことであった。そしてドン・キール自らがコンスタントダイレクティビティホーンの発展形としてJBLで完成させたのが(1980年)、バイラジアルホーンである。
バイラジアルホーンは、モニターシリーズの4435/4430でわれわれの目の前に登場したのだが、その威力を鮮烈に聴かせてくれたのは、何といっても初代プロジェクトK2のS9500であった。高価なアクリル削り出しで製作されたS9500の大きなホーンは、それまでのホーンに対するイメージを突き破る、クリーンに澄み切った、それでいてエネルギー感溢れるサウンドを聴かせてくれたのだ。あの音は紛れもなくコンプレッションドライバーとホーンだけが可能にする世界である。バイラジアルホーンは、現代のJBLのひとつのアイコンとも言える存在となり、当然、エベレストDD67000/65000に搭載されている大型ホーンもバイラジアルホーンである。
冒頭で述べたように、ホーンの魅力は指向性を積極的にコントロールすることで得られた、他の方式では真似することのできない浸透力のある音にある。そしてもうひとつ、ホーンには大事な働きがあるのだが、その話はまた次にでも。