~JBLほど人間の感性に訴えかける製品を長年つくり続けてきたメーカーを私は他に知らない~
所有する喜び。オーディオに限らず、クルマでもカメラでも双眼鏡でも時計でもいいのだが、機械や道具が介在する趣味において、「いいモノを持っている、使っている」という実感は、この上ない喜びといえるだろう。
こうした喜びは時に、そのモノの本来の目的を超え、眺めるとか並べておくとか収集するとかという楽しみにまで発展することがある。世の中の正常と思われる人々からは、こうした行為はなかなか理解されないものではあるが、私はオーディオ「マニア」であるから、そういう気持ちはよくわかる。話は逸れるが、私はついにコレクターにはなれなかったけれど、世の中に膨大に送り出された、あるジャンルの製品を徹底的に集め、整理し、よき環境で保存してくださる、コレクターの方々には常々敬意を抱いているものである。
オーディオ機器の目的は、よい音で音楽を楽しむというものだ。たぶん、この意見に異論がある方はほとんどいないと思われる。だが、私は、この意見に対して少しだけ異論がある。以前『ステレオサウンド』誌にも書いたことがあるのだが、オーディオとは何も、音楽を「聴く」だけのためのものではないと考えるからである。
人間には五感というものがある。何だったら第六感を加えてもいいが、素直に書けば、それは、「聴覚」「視覚」「触覚」「嗅覚」「味覚」の五つだ。せっかく五感があるのだから、オーディオにおいても聴くだけではなく、それらの感覚をも満たしてくれたほうが楽しいではないかと私は思う。比喩の問題ではないかと言われればそれまでではあるけれど、「歌手が見えるようだ」「楽器に触れるような」「香り高い音」「味わい深い」などなど、音を表わす際にうっかり使われるこうした言葉には、実は深い意味が含まれているように思われてならない。付け加えるならば「気配を感じる」といった言葉は最上級のオーディオサウンドにのみ与えられて然るべきものであろう。
と、これは目にも見えず触ることもできない音に関しての話であったが、オーディオ機器は実体があるのであり、見ることも触ることもできるわけであるから、それはハッキリと五感を満たすモノであって欲しいと明言したい。どんなにそれがよい音を奏でるとしても、私は私の五感に訴えてこないオーディオ製品を身近に置く気にはなれないのである。とりわけ視覚と触覚に関しては譲れないものがある。だから、冒頭で記したそのモノ本来の目的を超えた魅力は本当に大切なことだと思うし、極論すれば音を出さなくても満足できるオーディオ機器というものがあってもいいと思う。そうしたことが趣味に深みを与え、いっそうの豊かさをもたらすことになるからだ。オーディオの理想は、そこにモノがなければ成り立たない。またも話が逸れるが、私がアナログレコードを愛する理由はそれに尽きると言って憚らない。
オーディオ機器のデザイン、フィーリングがいかに大切であるか、ということを言いたくてこのようなことを書いている。そしてもうお気づきだろうが、音以上の魅力の重要性にいちはやく着目し、優れたフィーリング、デザインを持ったオーディオ機器を生み出してきたのは、他ならぬJBLであった。かくも長い時代にわたってJBLの製品が多くの人々の心を捉えることができたのは、優秀な性能に加え、素晴らしいデザイン、フィーリングを備えていたからではないだろうか。
JBLのこうした姿勢は、創業間もない1950年代にすでに認められる。JBLのロゴマークに「!」(感嘆符)を初めて取り入れたのは、グラフィックデザイナーのジェローム・グールドであった。また前回触れたC40などのプレーンで格調高いエンクロージュアの外装デザインを担当したのは、インダストリアルデザイナーのアルヴィン・ラスティグ。そしてこうした優れた才能を持ったデザイナーを、(JBLは当時とても小さなメーカーにすぎなかったのに)思いきって起用し、今日のJBLの礎を築いたとも言える人物が、二代目社長のウィリアム・トーマスであった。
トーマスの功績は数多くあるが、その中でも特筆すべき出来事は、インダストリアルデザイナーのアーノルド・ウォルフを抜擢したことだ。
アーノルド・ウォルフに関してはみなさんよくご存じだろう。彼の代表作は「パラゴン」だが、その他にも、「ベルエア」「L88ノヴァ」といったスピーカーシステム、そしてトランジスターアンプ時代の幕開けを高らかに告げた、SE400S、SG520、SA600もウォルフのデザインによるものだ。ウォルフは、1950年代後期から60年代を通じ、バート・ロカンシーやエド・メイといったエンジニアの技術的要望をよく汲み取り、機能性に沿った、すなわち必然性のある美しいフォルムを製品に与えることに成功し続けたのだった。たんに美的であるということだけではなく、この、機能的な必然性があることが、JBL製品のモノとしてのトータルの魅力を決定づけたと私は考えている。
私はかつて、アーノルド・ウォルフにお話をうかがう幸運に恵まれた。あれは私のオーディオ人生におけるハイライトのひとつであったが、彼がデザインした製品群と同様、高貴で格調の高い人物であったことがとても印象に残っている。
ウィリアム・トーマスがシドニー・ハーマンにJBL社を譲り渡したのち、ハーマンに請われてアーノルド・ウォルフは同社の社長に就任し、1970年代のJBLの快進撃を牽引していった。
ウォルフがデザインしたJBL製品は、上記の他、「ランサー101」「サブリン・シリーズ」「アクエリアス・シリーズ」「4310」「L100」「L80」「ランサー55」「L45」などがあり、現在のJBLのロゴマークも彼の作品だ(今でも人気の高い「オリンパス」は自分のデザインではないとウルフは語っていた)。また、社長であった時代には、すべての製品に目を通していたはずであるから、70年代のJBL製品にはアーノルド・ウォルフのテイストが色濃く反映されていると言っていいだろう。今にして思えば、スタジオモニター・シリーズ最大のヒット作「4343」には、アルヴィン・ラスティグ - アーノルド・ウォルフが築き上げた、同社のデザインテイストのエッセンスが詰まっているようにも見える。
1980年代以降、アーノルド・ウォルフの衣鉢を現代に受け継いだのは、初代エベレスト、K2シリーズ、二代目エベレスト等々をデザインしたダニエル・アッシュクラフトである。アッシュクラフトはエンジニアのグレッグ・ティンバースとタッグを組み、JBL製品に新しい豊かな価値をもたらしたのだ。
今でこそ、才能あるインダストリアルデザイナーを起用するオーディオメーカーは増えてきたが、JBLは60年以上に渡り、この手法を実践してきた。それゆえ、JBL製品は音以上の、不滅の魅力を湛えているのだと私は思う。何も高名なデザイナーに頼むことが大切だと言っているのではない。オーディオメーカーには、オーディオを(音楽を)、五感を駆使して楽しむことの重要性をどれだけ理解しているのかが問われるのではないか、と言いたいのだ。これがオーディオにとってすこぶる大切なことだと私は考えているからだ。そして、JBLほど人間の感性に訴えかける製品を長年つくり続けてきたメーカーを私は他に知らないのである。
およそ2年間にわたり、JBLの魅力を気ままにつづってきた当連載も、今回をもって終了とさせていただく。ご愛読いただいたすべての方々に、そしてこのような機会を与えてくださったハーマンインターナショナルのスタッフに、この場を借りて厚く御礼を申し上げたい。ありがとうございました。