Vol. 9

まさに打てば響くような高能率スピーカーの鳴り方は実に魅力的だ。

~スピーカーにおいて能率の高さは、いまだ極めて重要な性能ではないのか?~

エネルギー一定の法則というものがあるらしいが、それはオーディオシステムにおいても適用される。同じアンプでボリュウム位置が一緒の場合、パワーアンプから送り出されたエネルギーは、どんなスピーカーシステムであっても、変らないはずだ(本当はスピーカーのインピーダンスで変るのだが、そこはとりあえず目をつぶっていただきたい)。しかしながら、スピーカーから出てくる私たちが感じるエネルギー、つまり音量は、システムによって大幅に異なる。アンプ側から見れば、スピーカーシステムが変るごとに、同じ音量を得るためにはボリュウムの位置を上げたり下げたりしなければならないということになるのだが、それはそれとして、同じエネルギーをスピーカーにぶち込んでいるにもかかわらず、取り出せるエネルギーがかくも違うのはなぜなのか。なぜなのか、と振りかぶらなくても答えはみなさんよくご存知のとおり、スピーカーには能率(感度、音圧レベル)というものがあるからなのである。

スピーカーの能率とは、アンプから送り込まれた電気エネルギーをどれだけ音響エネルギーに変換できるかを表わしている。90dB/W/mなどとカタログに書かれている数字がそれだ。この場合、1ワットの電気エネルギーを入れたとき、1メートルの距離なら、90デシベルの音圧(音量)が出ますよ、という意味になるが、これが100dB/W/mになると、同じ1ワットの電気エネルギーを入れたときに前記の10倍の音量が容易く得られることとなる。では、音にならないアンプのエネルギーはどこにいったのかといえば、その多くは熱となってボイスコイルの付近でむなしく放出されているのである。この熱と得られる音圧とその他の総エネルギーと、アンプから送り込まれた電気エネルギーの量は理屈の上ではまったく一緒、すなわち、エネルギーは送り出し側と受け側でも実は一定なんですよ、というのがエネルギー一定の法則のキモである、たぶん。

高能率スピーカーとは、電気エネルギーを効率よく音に変換してくれるものを言う(ただし、超高能率であってもその変換効率は数10%どまり)。その数字の基準は人によってまちまちだろうし、時代によっても違う。大雑把に言えば、スピーカーの能率は1960年代あたりから下がりはじめた。それ以前、90デシベルという数値は決して高いとは言えないものだったが、1990年代には、高いという発言さえ聞かれるようになった。私個人としては、95デシベルあたりでようやく高能率という感覚で、できることなら98〜100デシベル以上のものをそう呼びたいと思っているのだが。

私は決して何でも効率を高めることがよいとは思ってはいない。オーディオの世界に限って言っても、アンプの効率は同出力時の消費電力で推し量れるけれども、高効率アンプがすなわち音がよいとは限らないではないか(その逆もまた然り)。ただ、スピーカーだけは違うのだ。同じ音量であっても、高能率なスピーカーの躍動的な鳴りっぷりは、そうではないスピーカーと確実に一線を画すのである。この場合、能率が高いとは敏感であるということと同義であり、まさに打てば響くような高能率スピーカーの鳴り方は実に魅力的だ。

DD67000に搭載の476Beドライバー
DD67000に搭載の
476Beドライバー

これまで大口径ボイスコイルと強力な磁気回路の組合せやコンプレッションドライバー+ホーンの魅力について記してきた。これらの方式はおおむね電気エネルギーを音響エネルギーに変換する効率が高い仕組みである(振動系の軽さも重要だが)。以前具体的に名前を挙げた、130Aウーファーも375コンプレッションドライバーも100デシベルを超える能率を誇る。現代のJBL製品も例えばプロジェクト・エベレストDD67000に搭載されている476Beドライバー単体の能率は110デシベルもあり、システム全体の能率でも96デシベル(/2.83V/m)もの高能率を誇る。単純に数字だけでは量れない部分はあるにせよ、JBLのスピーカーシステムが持つ、エネルギーあふれる生き生きとしたサウンドは、高能率スピーカーユニットを開発しつづけてきた伝統に裏打ちされているのだ。

現近代スピーカーは、能率を犠牲にしてそれ以外の諸特性を向上させてきた。それ以外とは、例えば低域レスポンスの伸張であったり、指向特性の広域化、周波数特性のフラット化などが挙げられる。それらは高能率化とは両立が難しい項目であり、それはそれでよいだろう。アンプの(いわゆる)性能の向上とあいまって、低能率のスピーカーシステムであっても最近はかつてのような鈍重な鳴り方から脱却しているモデルが多数現われているのは事実である。

だがしかしと私は思うのだ。スピーカーにおいて能率の高さは、いまだ極めて重要な性能ではないのかと。その理由はすでに記したとおり、得られるサウンドに根源的な(表面的な、ではない)違いを私は感じるからだ。また、高能率スピーカーであればアンプの出力をさほど必要としないことも非常に重要である。つまり、高能率スピーカーであれば、アンプの選択肢が飛躍的に広がるのだ。大パワーのモンスターアンプには独特の音の凄味があるが、では、小パワーアンプが音の「質」、あるいは魅力のうえで、モンスターアンプに劣るとはまったく言えない。高能率スピーカーであれば、小パワーアンプを(再生音量などの)制約なしに使えるというメリットはもっと認識されてもよいのではないか。

“高能率ホーン&ドライバー搭載の
高能率ホーン&ドライバー搭載の
スリムなトールボーイ機 - S3900

もうひとつ真面目な話をしよう。高能率スピーカーは敏感であるがゆえに、各種のノイズもよく拾う。したがって、音楽現場のザワザワした感じが実によく出るし同時に音楽の静けさもとてもよく表現してくれる。翻って、自然界における静寂とは、風や水の音、生命が立てる息吹といったバックグラウンドノイズがあって初めて成立するものであることに思いを至らせれば、高能率スピーカーが体現する静寂に「自然な」感じを抱いてもちっとも不思議ではない(牽強付会と誹られてもよい)。完全な無音と静けさは異なるものであるというのが私の意見である。

JBLは現代においても高能率であることを大切にしているメーカーのように思うし、今後もその姿勢は貫いて欲しい。高能率と現代機にふさわしい優秀な諸特性の両立という、困難な技術的課題に立ち向かえる伝統と技術力のあるスピーカーメーカーは、JBLを置いて他にはないのだから。


*現在の能率(音圧レベル)の表記はかつての「/W(電力)」に代わり「/2.83V(電圧)」が国際的な標準となっている。電圧での表記では、スピーカーのインピーダンスが下がるほど電流が多く流れることになり、結果、電圧が同じでもインピーダンスの違いによってスピーカーに加わる電力(=電圧×電流)が変ってくることになる。電圧表記にすると、例えば、スピーカーのインピーダンスを気にせず同じボリュウム位置でどれだけ再生音量が違うのかを単純に比較できるなどのメリットもある。数値を優先して考えることは無意味だけれど、スピーカーの能率を比較する場合には、この点に注意が必要である。